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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~17~

 一夜明けた。結局、雲札は宿に戻って来なかったらしい。宿の者に聞けば朝早く荷物を抱えて出て行ったらしい。

 『別れの言葉もないのか……』

 きっと会わせる顔がなかったのだろう。所詮その程度の縁か、と深く失望した樹弘は、とりあえず宿を出て田碧に会うことにした。

 「ところで田碧はどこにいるんだろう?」

 桃厘にいるのは間違いないだろう。しかし、桃厘も大きな街である。本来であるならば官庁にいるだろうが、街中に視察に出ている可能性もある。たとえ官庁にいたとしても、どのようにして会いに行けばいいのだろうか。

 「まさか真主が会いに来たから入れろとも言えないしな……」

 泉姫の剣の力を使えば官庁を囲む壁を飛び越えることもできるだろう。しかし、

 「それじゃ、まるでこそ泥だ」

 「田碧様なら宿舎にいらっしゃいます」

 背後から囁くような声がした。はっとして振り向くと、編笠をかぶった男が立っていた。それは樹弘のよく知る人物であった。

 「無宇……」

 相家との内戦当時、間者として活躍した男である。内戦終了後は甲朱関の下で様々な諜報活動に従事していたと聞いている。

 「跡をつけていたのか?」

 「ほほ、私に気づかないとは樹弘様もまだまだですな」

 「朱麗さんの差し金か?いつから付けていた?」

 「命じられたのは朱関様です。ただ、私はずっと桃厘におりましたので、樹弘様のご様子を見守り始めましたのは桃厘からです」

 「本当か?」

 樹弘が疑いの目を向けると、無宇はにやっと笑っただけで何も言わなかった。

 「ひとまず私が田碧様にお会いして樹弘様のことを告げて参ります。田碧様の宿舎はその先に大きな角を曲がった先にありますので」

 「よろしく頼むよ。あ……それと別に頼みがある」

 なんでございましょう、と無宇は言った。

 「昨日から僕のことを見ていたのなら知っているだろう。僕と一緒にいた男のことを」

 「存じております。朝早くに宿を出られましたな」

 「それなら話が早い。彼は伯国に行った。どうやら伯国の軍に身を投じるつもりらしい。めったなことはないと思うが、身に危険が迫ったら助けてやって欲しい」

 「はぁ」

 無宇はいまひとつ気乗りしていない感じであった。無宇は樹弘を守ることを命じられてきたのだから当然であろう。

 「彼は僕の友人なんだ。それとも無宇は主上の命令を聞けないというのか?」

 「ははは。仰られるようになりしたな。承知しました。樹弘様は神器があれば、大丈夫でありましょう」

 無宇は頷くや否や、駆け出していた。それを見届けた樹弘は、ゆっくりと歩き出した。


 無宇が先触れをしてくれたおかげで、田碧は宿舎の前で樹弘を待っていた。樹弘の姿を認めると駆け寄ってきた。

 「主上。お待ちしておりました」

 「主上はよしてくれ、田碧。あまり畏まらないでくれ。目立ってしまう」

 「失礼しました。ひとまず中へどうぞ。狭いところですが」

 田碧は屋内へと誘った。一軒家ながらも小ぶりで飾り気のなく、田碧の暮らしぶりがよく分かった。これでも田碧は泉国南部を統括している行政官なのである。

 「もっと良い所に住めばいいのに」

 「あら、主上に言われたくありませんわ。質素な暮らしは主上の専売特許じゃないですか」

 なにやら厭味を言われた気がした樹弘は黙り込んでしまった。居間に案内された樹弘が腰を下ろすと田碧は茶を持ってきた。

 「田碧の入れてくれるお茶も久しぶりだね。やっぱり美味しいよ」

 「ありがとうございます。それで、伯の件でしたね」

 田碧は自分で入れた茶を飲むと、傍にあった書類を取り出した。

 「私も伯については色々と調べておりました。最近の情報はどうにも入手しにくくなっておりますけど……」

 「構わない。伯国では最近、国主が代わったと言うが……」

 「はい。どうやらそれは本当のようです。それもちょっと訳ありのようでして」

 田碧は書類を捲りながら語り始めた。

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