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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
965/967

獄炎の法~56~

 何暫は本格的に景親子の不正を調べ始めた。

 「気を付けるよ、何暫。この田知様の書状どおりなら、蘇亥様が殺されたのは景隆の不正を調べていたからかもしれない」

 夏音は何暫の手を取り忠告した。

 「分かっているよ」

 その点、何暫は抜かりなかった。何暫は調査の拠点を泉春には設けなかった。資料その他はすべて泉冬の蘆文洪に預けていた。蘆文洪は根っからの武人で政治には関与せぬ方針を取っていたが、相手が国主を蔑ろにしたうえで不正を働いているのならその限りではなかった。

 「よかろう。私にできることがあれば何でも協力する」

 泉冬時代に景白利の不正を調べてきた何暫は、泉冬を去る前にすでに蘆文洪を協力者としていた。蘆文洪としても軍内部で行われている不正を無視することができなかった。こうして何暫は景白利が右少将時代に行っていた不正をほぼ立証できるだけの証拠を集めることができた。

 「問題は景隆だ」

 不正を暴くのであれば景白利だけでは足りない。景隆自体の不正も暴かねば、景親子を失墜させることはできない。

 「すべてを暴く必要はない。決定打となるひとつだけでいい」

 夏音は不正を調べようとする何暫に釘を刺した。何暫もそのつもりだった。

 田知の書状に書かれていた景隆の不正は複数に及ぶ。蘇亥が調べたもので、確証もなければ証拠もない。証拠はあったかもしれないが、蘇亥の家は彼の死後、何者かによって荒らされたらしいから証拠は消失している可能性が高い。

 「すでに景隆は我が物顔で泉国の政治を専横している。今更金銭が絡んだ不正を暴き立てても開き直るだけだ」

 「では、打つ手はないのか?」

 ここ最近、何暫は週に一回は夏音の屋敷に通い打ち合わせをしている。

 「いや。ある」

 「本当か?」

 「景親子の命令によって蘇亥様が殺されたことを証明するんだ」

 「何暫。いい案かもしれないが、時間が経ちすぎている。下手人は捕まっていないし、消されている可能性が高いぞ」

 「確かにそうだ。だが、景氏がそこらの野盗を掴まえて蘇亥様を殺すように命じると思うか?こういうのには相応の組織があるんだ」

 何暫は確信めいたことを言って夏音を驚かせた。

 「裏社会の組織を利用したってことか?お前、そんなことをどうして知っているんだ?」

 「泉冬で色々と学んできたからね」

 ちょっと泉冬に出張に行ってくるよ、と何暫は小旅行でもするような口調で言った。


 刑部省次官ともなれば、地方へ出張へ行くのも自己の裁量で判断できた。

 「泉冬時代に懸案として残していた軍令について蘆将軍に確認すべき点があるので行ってまります」

 上司である尾延には尤もらしい理由を述べた。尾延は何も言わずにこれを認めた。

 出発した何暫は泉冬に辿り着くと、一人の人物を呼び出した。

 「へへ、旦那。呼んでもらえて嬉しいですぜ」

 名前は無粛といった。蘆文洪のもとで偵察を行っていた。武人ではない。それどころかどういう素性かすら分からぬ者で、過去に何かの犯罪を犯して放免された後、蘆文洪に飼われるようになったという。仕事は敵の陣中深くに入り込み、その情報を蘆文洪に届けるというものであった。無粛自身、多くの配下を抱えており、彼らも同様の仕事に従事している。泉冬に赴任した時に、蘆文洪から紹介されたのが縁になっていた。

 紹介された時、何暫は露骨に顔をしかめた。

 「そんな顔をするな、何暫。法家としては無粛のような存在を快く思わぬかもしれないが、軍事となればこの手の人物はどうしても必要となってくる」

 無粛が行っている偵察は斥候とは異なり、商人や流民にばけて敵中にはいらねばならない。勿論、露見すれば死しか待っていない。無粛のような男でなければ務まらなかった。

 「そうですぜ、旦那。法律を作るのはよろしいかと思います。ですが、法律を作ったとして百人中百人が守るとは限りません。百人の中に一人いるかもしれない守らない人間を見つけ出す方策がないとせっかく作った法律が意味を成しません」

 無粛は初対面の何暫に恐れることなく意見した。その意見はなかなかの慧眼であるように思われた。

 『毒をもって毒を制するってやつか……』

 無粛は身分としては卑しいかもしれないが、頭脳は相当切れる。

 「旦那。あっしはね、随分と多くの人を見てきました。ですから人を見る目は多少あるつもりです。そのうえで言えば、蘆将軍はそのうち禁軍の上位に昇られましょう。何暫様は丞相……とまではいきませんが、文官の上位になりましょう。そのうえでいずれ私のようなものが必要となりましょう」

 その時はごひいきください、と無粛は予言めいたことを言っていた。




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