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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
962/962

獄炎の法~53~

 何暫が泉冬にいたのはおよそ二年だった。泉春から刑部省への復帰が伝えられた時、ついに来るべき時が来たと思った。

 『もうここに帰る時はないだろう』

 今、泉春に戻れば二度と泉冬には帰って来れないだろう。それほどの覚悟を盟友である夏音は自分に要求してくる。何暫も当然ながら相当の覚悟を抱いていた。

 「何暫、残念ではあるが、君ほどの人物ならここにいるよりは泉春にいた方がいいだろう。頑張ってきたまえ」

 二年間の間、深い親交を結ぶようになった蘆文洪は何暫の別れを惜しんだ。

 「ありがとうございます。私としては将軍こそ武人として中央にいるべき人物だと思っております」

 世辞が言えるようになったじゃないか、と蘆文洪は笑った。

 「世辞を言っているつもりはありませんが……」

 「私のことを評価してくれているのはありがたい。しかし、武人としては今の泉春にいるよりもここにいる方が何かと仕事がある」

 泉春にいれば軍内での派閥争いがある。蘆文洪はそのようなことは常々苦手だと言っていた。泉冬であって翼国に睨みを利かせる方が根っからの武人である蘆文洪の性に合っていた。

 「それは残念です」

 「武人と文官ではその辺の価値観が多少違うだろう。だが、泉春宮は狐狸の巣だ。十分に用心した方がいい」

 「助言ありがとうございます」

 何暫は友と一緒に戦うためにその狐狸の巣に飛び込む。蘆文洪の言葉を受けてますます覚悟を強くした。


 泉春に戻った何暫はかつて世話になった叔父である何申の家を住居とした。商人をしている何申は、何暫が泉冬に行っている間に拠点を桃厘に移していた。そのため泉春の店を引き払っており、一度は人に貸していたが、今は空き家になっていた。何暫が泉春に戻ってくると聞いた何申が好きに使ってくれと譲ってくれたのである。

 『ありがたいことだ』

 ちょうどこの頃、師である紀周が病を患い、塾を閉じていた。紀周自身は泉春を引き払い南部の小さな邑で静養しており、泉春の塾には多くの書物が残されていた。その大半を何暫が譲り受けることになっていた。それらを収容するには何申の店舗兼住居はちょうど良い大きさだった。

 「物好きだな。法家が書いた書物だけではなく、草紙や小説まで引き取るなんて」

 書物の整理には郭旦が駆けつけて手伝ってくれた。郭旦は結局宮城の官吏にはなれず、泉春の町役人になっていた。紀周が塾を閉じる際、最も尽力したのは郭旦だった。

 「暇な時にはちょうどいいんだ。文字を追っているだけで気が紛れる」

 「変わっているな、お前」

 と言いながらも、郭旦は興味深そうに草紙を広げていた。

 「手伝い料はそれでいいのか?」

 「冗談は止してくれ。今晩、奢ってもらうぞ」

 これも貰うけどな、と郭旦が草紙を閉じると、戸を叩く音がした。泉冬で買い求めた書物が届いたのかと思って扉を開けると、夏音が立っていた。

 「よお。帰って来たな」

 「お前が呼び戻してくれたんだろ?」

 「そうだったな」

 「あがれよ。郭旦も来ていて奥の部屋で書物の整理をしてくれている」

 「郭旦か。ふん、まあいい。君が収集した書物が気になる」

 遠慮なくあがらせてもらうよ、と夏音は言った。

 「自分で言っておいてあれだけど、いいのか?国主の秘書官って忙しいんじゃないのか?」

 「秘書官は五人もいる。持ち回りで休んでいるよ」

 「それもそうだな」

 「お前が帰って来るから休んだんだ」

 「引越しの手伝いならありがたい」

 「手伝い?そうだな」

 いつの間にか夏音は何暫の前に来ていた。そして躊躇することなく何暫に口づけした。

 「お、おい」

 「いいだろ?久しぶりなんだし、明日からは忙しくなる」

 さぁ郭旦を手伝ってやろう、と夏音は一足先に奥の部屋へと向かった。


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