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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
961/962

獄炎の法~52~

 それから泉勝は度々夏音を召して女として抱いた。夏音は寵姫ではなく、あくまでも秘書官であるからその関係は秘さなければならない。知るのは数名の侍女だけであり、秘所官長や国主の奥向きのことを取り仕切る家宰すら知らなかった。

 「すまないと思っている。寵姫であれば何かとしてやれるのだが、秘書官である以上、そなたを贔屓してやるわけにはいかない」

 その晩、夏音の四肢を楽しんだ泉勝は、寝台から抜け出て衣服を改める夏音を見て申し訳ない気持ちになっていた。泉勝にとって亡き夏光は臣下ではあったが、同時に友のような関係であった。その友の娘を平然と抱いてしまったことに今さながら後悔を感じ始めていた。

 「気になさらないでください、主上」

 夏音は笑みを浮かべているが、どこかに冷ややかさがあった。泉勝を受け入れている時の夏音も、肉体的には官能を感じながら心ここにあらずという感じがしていた。その態度が泉勝の劣情を刺激していた。

 「それでは余の気が晴れん。何かしてやりたいのだが……」

 「では、色々と考えておきます」

 夏音はあえて即答しなかった。


 泉春宮では官吏の人事編成の時期になった。新たに官吏が採用され、各省庁での人事異動が行われていた。そこでは景隆が自己に都合のいいような人事を行い、特に紀周塾出身者は露骨に冷遇され、辞めさせられる者もいるほどだった。

 早くしなければ、と感じた夏音は、泉勝に初めてお願いをすることにした。

 「主上、ひとつお願いがあります」

 夏音は執務中に切り出した。寝台では口約束だけになってしまう可能性があったからだ。

 「願いか……言ってみなさい」

 泉勝は面食らったようだった。落ち着きなく周囲を見渡した。

 「お父様が亡くなって、宮城の様相も随分と変わりました。正直申し上げると主上とお父様が求められた政治とは異なった方向に行くのではないかと危惧しております」

 夏音が豪華な宝石や衣装を求めてくるとでも思っていたのか、泉勝は意外そうな顔をした。

 「そうだな。そなたはそういう女性だったな」

 続け給え、と泉勝は表情を改めた。

 「私はお父様の意思を引き継ぎたいと思っています。主上には寵愛を賜っておりますが、今の状況は風前の灯。私一人の力ではどうしようもありません」

 紀周塾出身者が冷遇されていることは泉勝も知っているはずである。そのことが泉国をかつての富国強兵に至る障害になるであろうことも承知しているはずだった。

 「旧態依然とした政治は余の望むところではない。だが……」

 景隆を排斥することはできない。もしそのようなことをすれば景隆は最悪の手段に出るだろう。それを止める術を今の泉勝は持ち合わせていなかった。

 「国主など、その程度の存在なのだな」

 「私はまだまだ微力です。ですが、小さな小さな力を集めたいと思っています。主上のためにも」

 「余のためにもか……」

 それで願いとは何だ、と泉勝は言った。

 「一人の官吏を泉春に呼び戻したいのです。紀周塾出身の彼ならば主上と私の力になってくれます」

 「ほう。そなたがそこまで言うほどなら才人なのだろう。それほどの人物が地方にいるのか」

 泉勝は興味を持ったようだった。

 「はい。刑部省の何暫と言います」

 「何暫か……知らんな」

 「紀周塾においては私よりも優秀でした。また泉冬では蘆将軍をよく助けたと聞いています。主上、お忘れですか。我が軍の将兵が敵の非戦闘員を乱暴した上殺傷した事件のことを」

 「忘れてはおらぬ。我が軍の名声を高めてくれたではないか」

 「はい。蘆将軍は見事な処置をなさいました。その処置について助言したのが何暫です」

 何暫が蘆将軍に助言したというのは勅使によって報告されているはずである。泉勝は忘れているだけだった。

 「左様か。それならば中央においても申し分ない人物だろう。よろしい。余から刑部に言おう」

 それぐらいなら今の余にもできる、と泉勝は満足そうに言った。夏音の願望も聞いて、有益な人物を泉春宮に呼び戻せるのだから不快なはずがなかった。

 「ありがとうございます」

 泉勝には何気ない事であり、あくまでも泉春宮の人事編成の一環でしかなかったが、夏音には大きな一歩となった。

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