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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
960/961

獄炎の法~51~

 一年間、夏音は喪に服した。この間、大きな動きがあった。景隆が丞相となった。これは既定路線といってもよかったが、景隆の息子景白利が景隆が辞した後の式部卿に就任した。明かに景隆による専横であったものの、他の閣僚からは反対する声が聞こえなかった。誰もが夏光の時代が終わり、景隆の時代が来たことを明確に意識していた。

 喪が明けて夏音が出仕した時には泉春宮の情勢はすっかりと景隆によって塗り替えられていた。もはや夏音は丞相の娘ではなく、一人の国主秘書官でしかなかった。

 『それでいい。寧ろ好都合だ』

 泉春宮に戻った夏音のことなど誰も気にしていない。これから夏音がやろうとしていることは政治的にかなり際どい。目立つわけにはいかなかった。

 夏音がまず取り掛かったのは泉勝に接近することだった。泉勝の秘書官は全員で五人いる。その中で夏音は一番下っ端であり、仕事は雑用ばかりだった。この状況をまずは打開しなければならない。

 『お父様は主上が私を女として見ていると言っていた。この際、女であることを最大限に活かしてもいい』

 夏音は吹っ切れていた。丞相となるためには何でもする覚悟ができていた。

 好機は喪が明けた秘書官に復帰して早々に訪れた。泉勝が夏音を直接召すようになったのである。

 「夏音は父を亡くして沈んでいるだろう。余が仕事を与え、生き甲斐としてやりたい」

 泉勝は尤もらしいことを言ったが、その裏に夏音を女として見ている視線があるのは間違いなかった。泉勝が女として求めてくるのであれば、望んで受け入れるつもりだった。

 夏音が秘書官に復帰して三か月過ぎたころだった。その日、裁可すべき書類を運んできた夏音に泉勝が声をかけてきた。

 「夏音。今宵は食事を共にせぬか?ぜひ亡き夏光を偲びたい」

 来た、と夏音は思った。迷うことなく、これに応じた。

 「そうか。では、職務終わり次第、ここに来なさい」

 泉勝の執務室の隣には食事をするための部屋と、さらにその隣には休憩するための寝室がある。すでに覚悟を決めていたので恐れることはなかった。

 職務を終えて再度泉勝の執務室に向かうと、食事をする部屋は綺麗に整えられ、食卓には見るからに豪華な食事が並べられていた。

 「来たか、夏音。ま、座るがいい。今宵は遠慮することはないぞ」

 「お招きいただきありがとうございます」

 「畏まることもない。さ、食事を酒を共にしながら夏光を偲ぼう」

 泉勝自ら瓶を取り、酒を注いでくれた。

 夏音は勧められるままに酒を飲み、自ら酔おうとした。酔えば泉勝と情交に及んだとしても酒の勢いだと忘れることができる。すでに想い人と精神的にも肉体的にも結ばれていても、やはり好きでもない男に抱かれるのを記憶として留めたくはなかった。

 夏音は前後不覚になるほどに酩酊した。記憶が曖昧になり、泉勝に抱きすくめられるところまでは覚えていた。夏音が軽い頭痛を近くして起き上がった時には泉勝と寝台を共にしていた。

 『主上と寝たのか……』

 夏音は冷静に分析する。裸体であるし、自らの秘所に湿り気がある。間違いなかった。

 「夏音……起きたか」

 泉勝も目を覚ました。いや、すでに覚めていて、夏音が起きるのを見計らったのかもしれない。

 「主上……これは……」

 夏音はわざとらしく驚いてみせた。

 「すまない……酔ったところでというのはいかにも卑怯であるが、余にしな垂れてくるお前を見ていると、思わず抱きしめてしまった」

 「主上にそのようなことを……畏れ多いことです」

 しな垂れてきたというのは嘘である。泉勝が一方的に抱き着いてきたところまでははっきりと覚えている。しかし、ここは泉勝の言葉に付き合うことにした。

 「昨夜のことは忘れてくれと言わん。夏音が嫌でなければ、また食事に付き合って欲しい」

 食事に付き合って欲しいというのは建前であろう。そのようなことが分からぬ夏音ではなかった。

 「主上がお望みであれば……」

 夏音はわざとやや困惑したように答えた。



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