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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
958/959

獄炎の法~49~

 泉国に衝撃が走った。歴史書で確認できるかぎり、泉国で現役の丞相が病死するのは二度目だった。一度目は老齢の丞相であったが、まだ働き盛りの年齢の夏光のは衝撃であり、多くの人々が悲しんだ。政敵であった景隆でさえ、

 「景氏と夏氏は時として敵対関係にあったが、私個人としては夏光個人の力量を評価していた。だからこそ私は夏光が生きている時は丞相になれなかったのだ。つくづく惜しい男を亡くした」

 と後日感想を漏らしていた。

 夏光は国葬をもって送られた。喪主は夏音。彼女は悲しみに満ちた顔をしながらも涙一つ見せず喪主としての立場を全うした。

 この国葬に何暫も参列していた。国葬である以上、地方官といえども泉春宮の官吏は参列せねばならず、しかも何暫には北部駐屯軍を預かる蘆文洪の名代という立場もあり、席次も前の方だった。そのため夏音の表情がよく分かった。

 『必死に耐えている……』

 参列する多くの人は夏音の気丈さを褒め称えたが、彼女の悲痛さを隠す努力を痛ましく思ったのは何暫一人だけであったかもしれない。

 国葬は恙無く終了した。喪主である夏音が参列者に向って最後に一礼する瞬間、僅かに涙を浮かべたような気がした。


 国葬が終わるとすでに日が没して空は暗くなっていた。かつての下宿先だった叔父である何申の家は今は別の人間に部屋を貸しているので泊まることができない。先輩であった甲華士が宿を斡旋してくれたのでそこに泊まることにした。

 しかし、泉春宮から出るとすっと近づいてくる人影があった。見覚えがあるなと思っていると、すぐに夏家の家宰であると気が付いた。過去に一度だけ会ったことがあった。

 「何暫様。この度は参列ありがとうございました」

 「いえ。こちらこそ……急なことで、なんとお悔やみを申し上げてよいのやら……」

 「お嬢様がお呼びです。お屋敷まで御同行していただけますか?」

 家宰が声を潜めたところからして声をかけたのは何暫だけなのだろう。断る理由などなかった。


 何暫は馬車の乗せられた。向かい合って座る家宰の表情は冴えない。主を失ったのだから無理もなかった。

 「その……丞相の病は急だったのですか?」

 泉冬にいた何暫は夏光が急死したとしか知らない。国葬のために泉春に来て刑部省の同僚から色々聞いて病で伏せっていたとまでは聞いたが、具体的なことは分からなかった。

 「はい。一ヶ月ほど前に頭痛で倒れられ、その後は自宅でご静養されておりました。御快癒に向われていたのですが、突然亡くなられました」

 家宰は涙ぐんでいた。この家宰からすれば主である夏光が人生の全てだったのだろう。喪失感は娘の夏音以上であるかもしれなかった。

 「突然ですか……」

 あまりにも突然だったので、後日になって暗殺を疑う者もいるほどだった。

 「実のところ私も未だに実感が湧きません。光様の遺体を見、葬送まで行ったのに、こうしてお屋敷に戻れば、今で寛いでいる主がいるような気がしてならないのです」

 「そうですか……」

 「私は良いのです。ですが、お嬢様は幼くして母親を亡くし、続いて父親を亡くされました。兄妹もおらず、これから夏氏はお嬢様が背負って立たねばなりません。悲しむ暇さえなく……」

 堪えきれず家宰は嗚咽を漏らした。父親を失った悲しみが癒える間もなく、夏音は家を継いでいかなければならない。その辛さを何暫は想像することができなかった。

 「お嬢様が何暫様をお呼びになられたのは、今は貴方しか頼れる人がいないからだと思います。何暫様、どうかお嬢様をよろしくお願いいたします」

 家宰が何暫の方を向いて頭を深々と下げだ。

 「家宰殿。頭をあげてください。もとより私は夏音の力になるつもりでいます。たとえ今回のような事態にならなくても……」

 「ありがとうございます。ううう」

 家宰はそのまま泣き崩れてしまった。何暫が家宰を慰めているうちに馬車は主の変わった屋敷に到着した。



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