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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
952/954

獄炎の法~43~

 守勢を保っていた蘆文洪の下に敵軍の情報が次々ともたらされる。その中に敵の本体と思われる後続部隊がまもなく戦場に到着しようとしているというものがあった。

 「これこそ好機だ」

 蘆文洪は膝を打った。その様子を見ていた何暫は、敵の増援が来るのは好機ではあるまいと思っていた。

 「ここで我らが攻勢に出れば敵は意表を突かれて一時的にでも後退する。そうなると後続部隊と交錯して混乱する。そこをさらに攻撃して壊乱するのだ」

 何暫の疑問に答えるかのように蘆文洪は自分の意見を開陳した。

 『そういうものなのか……』

 何暫の思考からすれば信じられぬことだった。そんなに上手くこちらの都合どおりに戦局が展開するものなのだろうかと半信半疑だった。

 「信じられぬという顔をしているな、法官殿は。ま、安心するがいい。戦場というのは常に流転している。何かの兆しで潮目が変わる。それが今なのだよ」

 蘆文洪を筆頭に作戦会議に集まった将兵達の顔に自信が漲っていた。


 羽武が率いる本隊が一舎の距離に迫っているという。明日にでも合流することになる。配下の将兵達は援軍の到着に安堵し喜んだが、将軍である趙理季は気が気でなかった。羽武に叱責されて戦闘指揮に介入されるという危惧もあったが、唯一の退路というべき道を味方によって塞がれているということも趙理季にとっては気がかりだった。

 『我が軍の一部隊でも撃破され撤退すれば退路を塞がれたことによって混乱するぞ』

 援軍の到着によって意気上がる状態なので万が一にもそのようなことはないだろうが、もし敵が守勢を放棄して一大攻勢に出ればどうなるか。そのことを想像できる趙理季は有能な将軍といえた。しかし、それに対応する行動を起こせなかったことが趙理季という将軍の限界であり、今の翼国軍の体質ともいえた。万が一のことなど起こるまいと高を括り、明日顔を合わすであろう羽武にどう対応すべきかということばかりを考えていた。


 蘆文洪は日が昇るとすぐに全軍に攻撃を下命した。

 「全軍、柵を出て攻撃を開始しろ!今までの鬱憤を存分に晴らせ!」

 蘆文洪自身も本営を前線に押し上げ、攻勢に対する不退転の決意を表した。これまで守勢に立たされていた泉国軍は待っていたとばかりに勇躍し、各戦線で前進を開始した。これとほぼ時同じくして泉春から増援を派遣された旨の報せが舞い込んできた。

 「果敢に前進する兵士達よ、聞け!主上が我らに増援を派遣してくださったぞ。後顧の憂いはない。一歩でも前に進み、敵を国境から追い出せ!」

 蘆文洪は援軍についての報せを全軍に伝えた。泉国軍の士気はさらに上がり、各戦線で翼国軍を押し込みはじめた。そして日没間際になって各所で翼国軍を敗走させることに成功した。

 「よし!夜になるが構わん。攻撃を続行させろ!一気に敵を壊乱させる!」

 味方の多少の損害を覚悟のうえで蘆文洪は夜間の攻撃を断行した。敵を壊乱させるには今しかないと判断したのだった。泉国軍の各将兵は腹をすかし、疲労も頂点に達していた。しかし、誰しもがここの戦いでの勝利が間近に迫っていることを予期していたので、不平不満を漏らすことなく攻撃を続けた。


 攻勢から一転して泉国軍の強襲に晒されることになった翼国軍は狼狽した。当初は甘く見ていた趙理季も、昼になっても衰えぬ敵の猛攻にいよいよ本格的な敵の攻勢が始まったのだと思いなおした。

 「退くなよ!退けば負けると思え!」

 趙理季は何度も地団太を踏みながら死守命令を下すしかなかった。だが、夕刻になって各所で味方部隊の後退が始まると、一時的な後退を決意するしかなかった。

 『壊乱するよりも、秩序立てて後退する方がいい』

 もはやすぐ傍まで来ている羽武のことなど気にしてはいられなかった。趙理季の計画では国境線手前で踏みとどまるつもりだったが、夜になっても泉国軍が攻撃をやめなかったため、ついには壊乱する羽目になってしまった。国境線付近まで接近していた羽武はその壊乱の波に巻き込まれ、前線で一言の命令も発することができず、国都に帰還するしかなかった。こうして泉国は翼国からの侵攻を食い止めることに成功した。

 


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― 新着の感想 ―
 最新話、拝読させて頂きました。  この泉翼の戦いは、その焦点が当たっているのは蘆文洪と何暫なのでしょうが、自分は趙理季という人がとても好きになり、同時に物悲しい思いがしました。  才幹があり、物事…
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