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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
951/952

獄炎の法~42~

 侵攻してくる翼国軍は蘆文洪の予測通り、東西に延びる縦陣を取っていた。翼国軍将軍の趙理季は斥候の報告により泉国軍が翼陣で迎え撃とうとしていることは承知していた。

 「やりにくい相手だ」

 敵将は教科書通りの戦術で迎撃しようとしている。定石というのは有効であるから使われるのである。奇をてらわない手堅い相手は勝ったとしても苦労させられるのは必定だった。

 「敵は進軍する我らを包囲殲滅することを企図している。数ではこちらが多かったとしても地の利もあって苦戦を強いられる。ここは後続を待つとしよう」

 趙理季は尤もらしい言葉を並べて国境線ぎりぎりで踏みとどまった。国境を超えない限り泉国軍から仕掛けてこないことを趙理季は理解していた。このまま仕掛けたとしても損害は面白くないものになる。羽武が率いる後続部隊を巻き込んでしまおうというのが趙理季の魂胆でもあった。こうして両軍が国境線を挟み対峙する形になった。

 数日後、趙理季の企みを突き崩すかのように羽武から怒号のような命令が届けられた。

 「将軍は何をしている!国境と敵を目の前にして一歩を踏み出さぬというのは武人として惰弱!それほど将軍の地位を返上したいのであれば、すぐにでも申し出てくるがいい」

 羽武の命令書を一読した趙理季は危うくその書面を破くところだった。

 『小僧が!』

 趙理季は心の中で罵った。相手が国主とはいえ、戦歴乏しい若僧に罵倒されるというのは腸が煮えくり返る思いだった。本気で辞表を認めて叩きつけてやろうかと思うほどだった。

 趙理季としてはここで羽武の命令を無視して本隊を待つこともできた。しかし、この状態で羽武が率いる本隊を到着したとしても、自分が思うような采配ができるとは限らない。それならば羽武が到着する前に自分が片づけるしかなかった。

 「明朝、国境線を超えるぞ。総員、覚悟せよ」

 趙理季は全軍に命令を下した。

 

 未明に行動を起こした翼国軍は明け方になって国境線を越えた。待っていたとばかりに泉国軍は矢を射掛けて開戦となった。

 翼国軍は数で勝る利点を活かして強攻した。数で押し切り、包囲網を突破できれば敵の後背に回り込むことができ、逆包囲も可能だった。

 「敵は広範囲に展開して面として薄いはずだ。一気呵成に突破しろ!」

 趙理季は自ら前線に立ち、督戦した。一点集中を企図していたが、なかなか突破できずにいると、東西に隊列を組んでいた翼国軍は次第に泉国軍の陣形に倣うように南北に伸び始めた。趙理季は苛立ち始めた。

 『このままでは徒に損害だけ増えて何ら戦果が得られないだけだ』

 泉国軍の粘りは趙理季の想像を超えていた。このままでは戦局は停滞し、遠征している翼国軍が不利になってくる。ましてや羽武が合流すると膠着状態を叱責され、好き勝手に指揮し始めるかもしれない。それは趙理季にとって最悪の筋書だった。

 「もっと攻めたてろ!一部隊でも突破し、敵の後背に回り込めれば戦局は一変するぞ!」

 趙理季はさらなる猛攻を指示した。それでも各戦線において泉国軍はよく守り、膠着状態が続いた。


 開戦してから四日。蘆文洪はよく耐えていた。敵の猛攻は想像を絶するものがあり、時として本営にいても敵軍の声が聞こえてくることもあった。それでも蘆文洪はその場を動かず、只管に守勢を命じ続けた。

 「とにかく臆病になれ!臆病になれば、柵から出ずとも勝てる知恵が浮かび、命を失うこともないぞ」

 蘆文洪はたまに妙な命令を下し、緊張する将兵を和ませた。蘆文洪の指揮下で将兵達は耐えに耐え、どの戦線も翼国軍に突破されず、膠着状態を続けた。これこそ蘆文洪は意図した展開だった。

 「敵は大きく遠征してきている。疲れも出てくるだろうし、士気も下がるはずだ。その絶好の時機をまって一気に反転攻勢する」

 その時機が間もなく来る。蘆文洪はそう睨んでいた。



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― 新着の感想 ―
 最新話、拝読させていただきました。  趙理季が羽武から受けた命令書は、今章序盤の「国主の命と軍法」の話にも関連していますね。何暫の理論であれば、軍の進退は軍をまとめることではないので、国主の命が優…
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