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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
947/954

獄炎の法~38~

 何暫の預かり知らぬところで危機が迫りつつあった。

 この時期、泉国と翼国には拭いきれない因縁があった。何暫の時代より五十年ほど前に翼国が泉国に侵攻し、一時は泉春が包囲されるという事態に陥ったことは先述した。当然ながらそうなってしまったのには理由がある。

 泉国と翼国の国境に谷中という地域があった。南北に伸びる長大な渓谷地帯であるが何もない地帯であり、人もほとんど住んでいなかった。この時代は重要な場所以外は国境線がひどく曖昧で、そのためこの集落らしき一帯がどちらの国に属するか定まっておらず、どちらの国も自国のものであると主張することもなかった。

 事態が一転したのはこの地に移り住んだ永圭という商人が谷中に金の鉱脈を発見したことによる。その金の埋蔵量は鉱物資源国家と知れている印国を凌ぐとも言われた。泉国と翼国が谷中の領有を主張し始めたのは必然だった。

 当然と言うべきか、双方は主張はすれど譲り合うことがなく、度々武力衝突に発展した。当時の中原は覇者と呼べるべき人物がおらず、泉国と翼国の衝突を止めることができなかった。

 そのような状況で思わぬ食わせ者が現れ、両国の衝突をまとめてしまった。食わせ者とは永圭その人だった。谷中に金鉱脈を発見した永圭は、金の流通によって得た富で自警団を結成し、谷中に戦火が届かないように守り抜いていた。それでいて両国と敵対するわけではなく、相応の金銭を握らせて友好な関係を維持していた。永圭は頃合いを見て、両国に提案をした。

 「双方が争っていては我々が納めている金銭以上の損失がありましょう。どうでありましょう?谷中はどちらの国にも属さない自治領としてお認めくださいませんか。さすれば金の生産量も増し、皆様へ納める金銭も増えましょう」

 永圭の提案に泉国も翼国も頷くしなかった。このままでは決着のつかない不毛な戦争になるのは明かであるし、全面戦争ともなれば損失も大きい。永圭が納めてくる金銭の金額を考えれば、ここで手を打つのが至当であるという判断だった。

 こうして永圭は谷中を自治領として認めさせたのである。それだけではなく多額の献金を義王と界公に行い、谷中を国家として認めてさせたのである。永圭は公の爵位こそ貰えなかったが、伯の爵位を貰うことができた。

 永圭の巧妙さは谷中を国とし、自らも伯の爵位を得ても泉国と翼国への納金を止めなかったことだった。彼は元商人らしく下手下手に出て、常に顔色を窺いながら挟まれた二つの大国の間で谷中という国家を維持することに成功した。

 事態が変わったのは永圭の死後だった。永圭の跡を継いだ息子の永全治は父ほどの才覚がなく凡庸だった。それを好機とみた時の泉公が大軍を送って谷中を滅ぼしてしまったのである。これに激怒した翼公が谷中の遺臣達を使って逆襲、泉国に踏み入って泉国を滅亡寸前にまで追い込んだのだった。


 以上が、何暫の時代にあった泉国と翼国の因縁だった。

 泉国は多額の賠償金を支払うことで領土を取り戻すことができた。泉国にとってはこれほどの屈辱はなく、泉勝は復讐の機会を狙っていた。

 慎重な泉勝はその姿勢を表に向けることがなく、逸る気持ちを常に自重してきた。が、相手国である翼国の方が我慢することができなかった。

 時の翼公―羽武は、三年前に即位した若い国主だった。武人の如き堂々たる体躯をしており、学問もほどほどできた。国民と延臣達は若い良き国主が即位したと喜んだが、羽武には致命的な弱点があった。それは政治的な臆病さだった。

 「泉国は復讐のために攻め込んでくるのではないか」

 という妄想を常に抱き、恐れていたことだった。この妄想はある意味で正鵠を射ていたのだが、泉国が明確にそのような動きを見せていない段階からまるで落雷を怖がる童子のように恐れていた。とはいえ、国主という立場上、口にすることができない羽武は、突飛なことを思いついた。

 「泉国が復讐のために攻めてくる前にこちらから攻めればいい」

 その突飛な発想からそうでなくてはならないという思考に昇華し、朝議の場で泉国への出師を表明した。翼国の閣僚達が驚いたのは言うまでもない。

 「主上。我が国と泉国には因縁はございましたが、今はありません。両国の紛争地となった谷中も金鉱脈が枯れて今は住む人も疎ら。泉国と争って得るものなどありません」

 延臣達は諭すように説いた。彼らからすれば羽武が若さ故に血気に逸っているのだと思っていた。だから諭せば聞き分けてくれると思っていた。しかし、

 「余が征くと言えば征くのだ!」

 ここでも羽武の臆病さが発揮された。ここで引き下がれば家臣に対して弱みを見せてしまう。そうなれば今後、国主としての立場が危うくなると恐れた羽武は翼国への出師を押し通した。それが何暫が泉冬に赴任する少し前のことだった。


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