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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
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獄炎の法~37~

 泉冬での日々が始まった。

 地方官としての仕事は管轄する地域で法令がしっかりと守られているか、あるいは法令が現実に即していないのではないか、ということを調査して泉春に報告することにある。刑部省の地方官の仕事はそれだけに留まらない。地域で行われる訴訟を扱うこともあった。

 泉国の政治体制では地方で発生する訴訟事は邑主もしくは代官が裁くことになっている。しかし、邑主も代官も法令や判例に詳しくない。そこで派遣されている刑部省の地方官に諮問するのだった。

 少し付け足すと、泉春から来ている国家管理の地方官は一人ではない。もう一人民部省から派遣されてきた地方官がいた。名前は許平といった。いかにも官吏という中年男性で、何暫が挨拶に来ても、ああそうですか、と応えただけで、関心なさそうに仕事に戻っていった。

 『彼の領分を侵さない限り、私の邪魔をすることはないだろう』

 何暫はそう見て、適度な距離感をもって接することにした。問題なのは洲以が言った蘆将軍である。

 蘆将軍こと蘆文洪は泉国北部の軍を預かる将軍である。武人ではあるが、その発言権は泉冬の代官である洲以も憚らねばならぬ時があった。

 「蘆将軍は質実剛健の武人だ。難しいお方ではないが、時として他者への好悪をはっきりとされる。丁重に慇懃に接することだ」

 洲以がそう助言された。その蘆文洪が演習より帰還してきた。何暫は早速に洲以に伴われて蘆文洪に挨拶に向かった。

 「蘆将軍。泉冬から派遣されました刑部省地方官の何暫です。ぜひお見知りおきください」

 何暫は丁寧に頭を下げながらも、蘆文洪という人物を観察した。質実剛健の将軍と聞いていたので筋肉質の巨躯であると思っていたのだが、長身ではあるものの体つきは細く、鎧を着ていなければ武人には見えなかった。

 「蘆文洪だ。武人故、法に無学なところがある。困った時は何かと諮問したい」

 やや尊大な口調ではあったが、自己の地位を他者に高圧的に顕示するようなところはないように思われた。

 『こちらが下手に出る限りは私に悪意を向けることはないだろう』

 基本的に人付き合いの下手な何暫ではあったが、過度に付き合わぬという姿勢で対人関係から生じる軋轢を回避する術を心得ていた。何暫が心許せている人物といえば夏音しかいなかった。

 「こちらこそよろしくお願いいたします」

 蘆文洪から諮問されたらそれに答えたらいい。その程度の付き合いで十分だと何暫は思っていた。


 地方官となった何暫は泉冬で過去に取り沙汰された訴訟についての記録を読み漁った。それで泉冬における法制の不備を洗い出そうとした。

 「やはり農作におけるもめ事が多いな」

 というのが一通り読み終えた何暫の感想だった。

 泉冬は泉国の北部にあり、農作物を作る環境としては決して恵まれていなかった。そのくせ産業として農業しかなく、南部地方に比べて経済的に恵まれていなかった。

 「そのことがもめ事の起点となっている」

 泉国北部の人々は、限られている農耕資源と環境の中で争うようにして農業をしなければならないのである。争い事が起こるのは当然であるかもしれなかった。

 「一番揉めているのは土地の境界と用水か……」

 耕作地の境界線と耕作に必要な水の使用についてはどこの国どこの地方に行っても紛争の種になっていた。

 「田知様は検地を実施しようとしていたが、係争を減らすという意味でも実行した方がいいな」

 田知は経済的な側面で検地を実施しようとしていたが、農家同士の訴訟を減らすという意味でも検地をおこない、土地の境界をはっきりとさせるべきであろう。

 「用水についても同じか。検地を行えば、自ずと用水の使用領域についても定まる」

 これは意見具申しなければなるまい。ただ検地については刑部省の範疇を超える。夏音への個人的な私信の中で意見することにした。




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― 新着の感想 ―
 遅まきながら最新話まで拝読させていただきました。  今章「獄炎の法」も、とても楽しく読ませていただいております。家柄と才能が対立する政争、特に13話の、泉勝、夏光、景隆の三者の思惑が絡まった白日の暗…
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