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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
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獄炎の法~36~

 何暫は夏音を食事に誘った。場所の例の順夫妻の店で、今回は二人きりだった。

 「それはあれだな。紀周塾出身者を泉春から遠ざけようとしているんだな」

 何暫から地方官就任についての疑念を聞かされた夏音は端的に即答した。

 「そうなのか?」

 「そうだろう。今の泉春宮に紀周塾出身者は私と君と景尚だけだ。こう言っては何だけど私は丞相の娘だし、景尚は景氏の一族。そう簡単に地方官にはさせられない。そうなれば標的になるのは君だ」

 「そこまで紀周塾出身者は嫌われているのか?」

 「嫌われているというよりも避けられているという感じだな。関わりたくない……あいつらの傍にいると余計な騒動に巻き込まれる……」

 「酷い言われようだな」

 「田知様や蘇亥様の件もあるけど、大半は才能に対する妬みだな。君は随分と有名になったから、やむを得ないだろうね」

 修行と思い給え、という夏音の表情は少し浮かなかった。

 「どうしたんだ?私が先に出世したのが悔しいのか?」

 地方官となったことで何暫は二等官官吏となった。夏音はまだ三等官だった。

 「悔しくはある。だけど、しばらくの間は君とこうして会うことができないと思うと少し寂しいな」

 そう言われると何暫も寂しさを感じた。

 「地方官とはいえ四か月に一度は泉春に帰って来るからな。その時に会えばいいさ」

 「四か月に一回か……」

 「私のことを泉春宮で一年待ったのだろ?四か月なんてあっという間だ」

 「……そうだな。これから前途ある何暫君を祝わないとな」

 乾杯だ、と言って夏音は杯を差し出した。その表情はやはりどこか寂しそうだった。


 下命から一か月後、泉春を旅立った。何暫からすれば官吏を目指して泉春に来てから故郷である泉冬に帰ったことがなかった。ほぼ三年ぶりの里帰りである。

 泉冬を出た時は官吏を目指す単なる少年だったが、今や何暫は泉春宮の二等官官吏である。泉春は国主の直轄地で代官が派遣されているが、代官は一等官扱いであることを考えれば、泉冬の人々は大出世したと見るであろう。

 泉冬に到着した何暫は泉冬代官である洲以直々の出迎えを受けた。洲以は何暫が泉冬に住んでいた時から代官を務めており、顔見知りでもあった。

 「よく帰ってきた何暫!お前が国家官吏となり、早々に出世して地方官になったことを嬉しく思うぞ!」

 洲以は抱き着かんばかりに喜んだ。彼からすれば自分が代官として治める地から英才が出たことを我が手柄も同然なのかもしれない。

 「ありがとうございます」

 「相変わらず無愛想だな。ま、お前らしいといえばお前らしい」

 大はしゃぎの洲以を適当に挨拶をしながら泉春の政庁に向かった。そこで前任の刑部省の地方官から引継ぎを受けた。

 「君は泉冬の出身らしいからこの土地の特性について特段言うことはない。ただひとつ助言しておくと、ここは代官よりも軍権を握っている蘆将軍の方が権勢を持っている。明後日には巡察から帰って来るから早々に挨拶しておくんだな」

 それから前任者と事務的な引継ぎを行った後、実家に立ち寄ることにした。

 実家は何暫が泉冬を出てから何一つ変わっていなかった。何と声をかけて入ろうかと考えていると、戸口から兄である何喜が顔をのぞかせた。

 「お、帰ったか。何をしている、中に入れよ」

 「ただいまです」

 中に入ると父と母、そして兄嫁がいた。いずれも何暫の姿を見ると喜色を浮かべた。

 「暫!よく帰ってた!大出世したな、我が家の誇りだ」

 父もまた抱き着かんばかりの喜びようだった。何暫はああそうですか、と言って適当な場所に座った。

 「今晩は泊っていくだろう。いや、何ならここから政庁に通ってもいいぞ」

 父はすでに酒を飲んでいるようだった。母と兄嫁が困り顔をしていた。

 「宿舎を用意してくれていまのでそこで寝泊まります。そこの様子を見たいので、しばらくすれば帰ります」

 「そうか……こんなあばら家よりも随分と良いだろうしな」

 と言う父を横目で見ながら兄の様子を窺った。兄はやや悲し気に笑っていた。今のこのあばら家の主は兄のはずである。何暫が早々にここを出ようと思っているのは、兄夫婦への遠慮からだった。

 『私がここにいては兄も何かとやりにくいだろう』

 兄である何喜は比較的何暫に好意的ではある。それでも自分がこの家にいることは様々な面で不都合に思うことだろう。何暫は少しだけ酒を頂戴して実家を後にした。


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