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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
939/960

獄炎の法~30~

 何暫にとって二度目の官吏登用試験を迎えた。すでに一度経験していることなので、過度に緊張することなく挑むことができた。一回目の試験は難なく突破し、二回目の試験も前年のような難問ではなかった。

 「翼国の羽雲が提唱した百礼法について意見を述べよ」

 翼国の羽雲は何暫の時代より八十年ほど前に存在していた政治家である。君主一族である羽氏のひとりであり、君主を支えた名宰相として知られている。同時に著名な法家でもあり、紀周のような法に特化した学者を生む土壌を作ったともいわれている。

 羽雲が提唱した百礼法とは貴人が守るべき礼法を明文化し、体系化したものであった。その細かさは同時に貴人達を辟易とさせたが、貴族階級における無用な対立を避ける効果があったとされ、近年注目を浴びていた。

 紀周の門徒である何暫は当然ながらその存在を知っていた。丹念に熟読しており、その法体系に一家言を持っていた。

 「百礼法は宮城における秩序を守るうえで一定の役割を与えたと言えるが、礼という人間の根本的な儀礼について法で定めなければならないというのは、人心が荒んでいる証拠でもある」

 何暫は百礼法の効果についてある程度評価しつつも、礼という人間が根本的に持ち合わせてなければならない所作を法で定めなければならないということについて手厳しい批判を加えていた。礼というのは法で定めなくても行わなければならないというのが何暫の考え方だった。

 「相変わらず過激な論文を書くな。泉春宮の人間は礼を貴ぶ。そんなことを書いて大丈夫か?」

 郭旦などは何暫の論文について否定的な見解を持っていたが、何暫は気にしていなかった。試験のために本心を偽っても仕方ないと思っており、それで試験におとされるのであればそれでいいとさえ思っていた。

 試験結果は何暫は見事に及第し、郭旦は落第した。


 三回目の試験は二回目の試験の二週間後に行われる。二回目の試験内容について面接官と問答をするのが試験内容だった。

 三回目の試験に残ったのはわずか三人。この三人全員が及第するかもしれないし、落第するかもしれない。それを決めるのが三人の試験管だった。試験管は泉春宮の官吏から三人選ばれる。次官もしくは次官補が面接官の筆頭を務め、中堅官吏からひとり、若手官吏からひとり選ばれることになる。筆頭には民部次官補の韓黄。中堅からは中務省から陳伍。そして若手からは夏音が選ばれた。官吏になって一年しか経っていない官吏が面接官に選ばれるのは異例のことだった。

 「他意はない。若手官吏の中で君ほどの学識を持った人物はいないからだ。それに君は紀周の塾出身で、法に詳しかろう。今回の第二試験は法家の問題だった。まさに君は適任だ」

 夏音を指名したのは筆頭の韓黄だった。韓黄は公正明大な人物として知られている。丞相である夏光に媚びを売るためではなく、言葉通り他意のない人選なのだろう。

 「ありがとうございます。誠心誠意、頑張ります」

 夏音は重責を任されて喜び勇んだ。


 面接官を拝命した夏音は面接する三人の論文を受け取った。この時点で三回目の試験に残った人物の名前は知らされていない。公平性を保つため直前まで明かされなかった。

 夏音はざっと三人分の論文に目を通した。一つ目、二つ目は大して興味をそそられるものではなかった。

 「いずれも百礼法を熟知している。でも、一般的な評価を再構築しているだけで面白みに欠ける」

 それに引き換え三つ目に読んだ論文は先の二つと論調が違っていた。百礼法について一定の評価しつつも、手厳しい批判も加えている。それだけではなく百礼法が制定された翼国の状況にも触れ、時の君主の政治手法や百礼法を提唱した羽雲の思想にも論考を加えていた。

 「論文として一部の隙もない。この論調、そしてこの文字……まさか」

 何暫だ、と夏音は思った。何暫の文章は何度も読んでいる間違い様がなかった。

 「ついに来たか……」

 ついに何暫が追いついてきた。夏音は胸の高鳴りを感じていた。


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