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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
931/961

獄炎の法~22~

 夏光のもとを尋ねた翌日、田知は蘇亥と泉春にある酒場で杯を交わした。

 「懐かしいな。泉国に来たばかりの時は、よくここに通ったものだ。官吏になって懐が温かくなっても、こういう安酒場はいいもんだ」

 不正を暴き、甘比を失脚させた蘇亥は実に気分良さそうだった。

 「安くて美味いのに越したことない」

 「あまり高いものばかり飲み食いしていると、所詮あいつらも公族貴族の仲間かと思われてしまうからな」

 蘇亥は小さく笑いながら杯を乾かす。蘇亥は所謂上戸で酔った様子を見せたことがなかった。

 「あまり飲みすぎるなよ。明日も仕事があるのだから」

 「祝杯はあげる時にあげなくてどうするよ」

 「そのことだがな、蘇亥。祝杯をあげるにしては少し早すぎると思う」

 それはそうだ、と蘇亥は酒場の女将に酒を注文した。

 「俺達の時代を作るにはまだまだこれからだからな」

 「そういうことじゃない。実は丞相に例の政策案を奏上した」

 蘇亥の目つきが変わった。

 「で、どうだった?」

 「否定はされなかった。だが、反発が大きかろうと言われ、即答は避けられた」

 「それは否定と同じだ。丞相も所詮は公族貴族の味方よ」

 「そういう言い方をするな。明確に拒否されなかっただけでも御の字だと私は思っている」

 「ふん。果たしてそうかな」

 「丞相は他の閣僚とは違う。必ず私達の力になってもらえる。だが、確かにあの政策案は時期尚早だ。もう少し緩やかな政策を示してだな……」

 「日和ったか、田知。それとも丞相に説き伏せられたか?」

 「そういうことではない。性急過ぎると大きく潰される。緩やかにしていつの間にか改革がなっているという方法もあると思い直しているだけだ」

 「甘いな、田知。大胆な改革というのは大鉈を振るうようでなければならないのだ」

 寧ろ革命だ、と蘇亥は際どいことを言った。

 「よせ、蘇亥。どこにどんな耳目があるか分からんのだぞ」

 「ふん。そのようなこと恐れて大事は成せない」

 「……浮かれているな、蘇亥。友として忠告しておく。浮かれていたらいつか足元をすくわれるぞ」

 「志を捨てるのか?田知」

 「捨てはしない。あの政策案はやり遂げる。任せろ」

 「それでいい。ここからはお前の仕事だからな」

 よろしく頼むぞ、と田知の肩を何度も叩いた。


 蘇亥には任せろと言った田知だったが、正直なところ打つ手が見つからなかった。田知は蘇亥のような権謀に優れているわけではなく、処世術に長けているわけでもない。ただ自己の才能だけで次官の地位を獲得してきただけに、周囲の根回しなど未経験のままだった。

 夏光に政策案を出してから音沙汰がない。こちらからいかがでしたとも聞けず、打開策を必至に考えていると、ようやく夏光からお呼びがかかった。田知は期待半分、不安半分で泉春宮にある丞相府に向かった。

 田知が現れると夏光は人払いをした。自ら茶を淹れて田知に勧めた。きっとあの政策案のことだと思っていると、夏光は思わぬことを切り出した。

 「田知。嫁を取るつもりはないか?」

 「は?」

 田知は完全に虚を突かれた。夏光からそのような言葉が出てくるとは全く思ってもいなかった。

 「正確に言おう。私の娘と婚姻し、夏家に婿入りしないか、ということだ」

 「丞相……それは……」

 田知は言うべき言葉が見つからなかった。それほど夏光の申し出は唐突であり、予想外過ぎた。

 「君は紀周先生と一緒に国を出てきたから継ぐべき家をもっていまい。今後、君が泉国で生きていくのなら、決して悪い話ではないだろう」

 「ですが……」

 と言いながらも、言い様のない魅惑を感じていた。婿入りとはいえ夏氏の一員ともなれば、泉国での地位は今以上に確かなものとなる。それに田知が進めようとする改革案もやり易くなる。

 『丞相は私は守ってくれようとしている』

 もし田知のままであの改革案を出せば、かつて夏光が言ったとおり大きな反発を招くだろう。だが、田知が夏知になれば、夏氏という名前が反発を防いでくれる可能性はあった。

 「即答しかねます。しばらく考えさせてください」

 「当然のことだ。ゆっくり考えてくれ」

 夏光は結局、政策案については何一つ触れてくれなかった。

 

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