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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
930/958

獄炎の法~21~

 調査開始の下命があって約一か月後。調査結果が報告された。その内容に朝堂は騒然となった。

 報告者は刑部次官の尾延。次官が直属の上司である卿を糾弾するという異常の事態は勿論の事、読み上げられる調査内容は甘比の罪状図録のようであった。

 「以上の調べにより刑部卿が実際の収穫高を偽り、懐に入れていたのは明かです。また領民からも過剰に搾取しており、不作の年には領内で餓死者を出しておりますが、それらを報告しておりません」

 淡々と報告書を読み上げる尾延に対して甘比は顔を時には赤く時には青くしていた。

 「まとめますと刑部卿はその職責にあるべき者が遵守しなければならない法を守らず私腹を肥やしておりました。それがために領民に餓死者を出すということも、国家の閣僚にあるまじき行いであると調査団は断定致します」

 尾延が読み終えると、甘比がかっと席を立った。

 「貴様!私に対する恩をあだで返すか!」

 「静粛に!」

 夏光が言うと、甘比は目をいからせて国主の席に座る泉勝に訴えた。

 「主上!あのような調査は嘘偽りばかりであります。あやつは私を貶めて自分が卿にの席に座りたいだけなのです。どうか別人に再調査させてください」

 「あの調査団の構成は余よ丞相が定め、閣僚で承認されたものではないか。それに異議を唱えるというのは、余の定めに不服があるということでよいかな?」

 「そ、そういうことでは……」

 「それにあの調査書は余が見る限りは客観的で証拠も揃っている。刑部卿に反論の余地があるのなら、これらの証拠を覆す必要がある。刑部卿にはそれが揃えられるかな?」

 「そ、それは……」

 言いよどむ甘比を見て泉勝と夏光は目を合わせた。

 「刑部卿を拘禁しろ。その職務を停止し、次官に代行させる」

 以上だ、と言って泉勝は朝議を打ち切るように席を立った。項垂れる甘比を衛兵達が連行していった。


 甘比への処罰は後日の朝議で決められた。

 「甘比は刑部卿の地位をはく奪し、領地没収とする」

 甘比は貴族としての地位は残されたが、公職からは事実上追放となり、食邑も失うことになった。

 他の閣僚達は誰も甘比を庇わなかった。ほとんどの食邑を持つ閣僚達からすれば、甘比を庇うことによって次の矛先が自分に来ることを恐れた。彼らは甘比を見殺しにすることによって嵐が静まるのを待つしかなく、甘比が人身御供になることで公族貴族に向けられる不正に対する猜疑の目が自分達から逸れるものとばかり思っていた。だが、田知と蘇亥の計画はここから始まりだった。

 甘比への処分が決まった後、田知は夏光に面会を申し込んだ。

 「本来、次官は直属の卿に上奏し、そこから丞相に意見を伝えるべきなのですが、今回はその慣例を破らさせていただきました」

 「構わぬ。直属の卿を気にして言えぬ意見もあるだろう。申してみよ」

 田知からただならぬ雰囲気を夏光は感じた。だが、田知を買っている身からすれば、ここで拒否するわけにはいかなかった。

 「これをご披見ください。甘比卿の不正が明るみになった今、民衆の目が厳しくなっております。ここは上に立つ者が襟を正し、泉国に生きる者としての模範を示さなければならないと愚考いたします」

 田知か差し出した書類に目を通した夏光の顔がみるみるうちに強張っていった。そこに書かれているのは田知と蘇亥が企図している政策案だった。

 「全国的な検地と租税率の改定か……」

 「左様です。食邑を持つ方々が正しい租税を納めれば、民衆も不満を持ちません。ましてやそこに不正がないことを示さなければ、何をもってして我々は民衆に納税を求めるのでしょうか?」

 「待て待て」

 田知の言葉に熱が帯び始めてきたので夏光をひとまず冷静になるように制した。

 「言わんとすることは分かる。だが、こんなものを表に出せば、大きな反発が起こるぞ」

 「承知の上です」

 「甘比の不正が露見したこれを契機にしてということか……。確かに、あれほどの不正が暴露された後では異を唱える者も少なかろう。しかし、誰もが沈黙するとも思えん」

 「丞相、主上の願いはこの国を富まし、強くすることではなかったのですか?そのためには民衆の圧倒的な支持と安定した税収です」

 「分かり切ったことだ。だが、絶対的な正しさが必ずしも全員の共感を得られるとは考えぬことだな」

 「それは承知しております。それでもやらねばならぬことだと思っております」

 「この私も食邑を持っている。不正をしているかもしれんぞ」

 夏光がそう言うと、田知はしばらく言葉に詰まった。

 「……なればこそ、丞相が率先して同意していただければ……」

 「なるほどな。それは道理だろう。だが、即答はできん。この書類は持って帰れ。お前の悪いようにはしない」

 夏光は田知を下がらせた。田知の求めに対して答えを出さなかったのは、閣僚の大反発が予想できたからであり、その反発から田知を守るための方策が思いつかなかったからだった。

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