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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
93/958

蜉蝣の国~13~

 古沃での思わぬ出会いにより、樹弘は足を止めることになった。だが、樹弘にとって良かったのは、民情がより手の届く範囲で理解できたことであった。これまでお忍びで各地を視察して回ったが、供回りがいて窮屈さがあったが、今回は完全に一人なのでより自由に民衆の生活を見ることができた。

 『古沃もよくはなっているけど……』

 樹弘が国主となる以前に訪れた時よりも人々の生活はよくなっていた。商店には多くの品が並び、行きかう人々の身なりも非常によくなっていた。しかし、まだまだなのだと樹弘は自戒を込めて思うことにした。

 樹弘は民情に触れながらも、一人の男と会うことにした。田参である。樹弘の覇業を助けた田員、田碧兄妹の父であり、一度は樹弘に背いたものの、最終的には子供達と供に樹弘に帰属して主に古沃周辺の守備を命じられていた。樹弘が国主となった後は家督を田員に譲り、古沃で隠居生活を送っていた。年長の彼ならば伯国について何事か知っていると思って訪問することにしたのだった。

 「これはこれは主上、むさ苦しい所ですがどうぞおあがりください」

 泉春を出る前から事前に訪問する旨を伝えておいたので、田参は驚くことなく樹弘を迎えてくれた。

 久しぶりに見る田参は丸くなっていた。外観だけではなく、言葉遣いも丸みを帯びているような気がした。

 「悪いね。僕がきた理由は概ね知っているでしょう」

 「それはもう。丞相からくどい程の長文の手紙をもらいました」

 田参はからからと笑った。

 「お越しいただいて恐縮ですが、お恥ずかしながら伯の現状についてはあまり知らぬのです」

 「田参は長く古沃にいて長いけど、そういう情報は集まってこないの?」

 「相房が仮主であった時は伯の商人がよく来ておりましたが、主上が即位されてからはぱったりです」

 「伯国はやっぱり僕を敵視しているのかな?」

 樹弘は苦笑した。勝手に敵視されるというのは、あまり愉快ではなかった。

 「それはありましょう。真主が即位すれば国が安定する。そうなれば次は我々だと思うのも道理です」

 樹弘は改めて自分の認識に甘さを悟った。自分一人が戦争したくない、伯国に攻め込むつもりはないと思っていても、相手がそのような空想を暴走させることもあり得るのだと初めて気付かされた。

 「尤もそれだけではありますまい。どうやら伯では国主が亡くなり、後継を巡って一悶着あったようです」

 「それは泉春で聞いた。詳細を知りたのだが……」

 「残念ながら私も主上以上のことを承知しておりません。おそらくは伯は、騒動が漏れるのを嫌って関所の警戒を厳しくしたようです」

 「そうか……」

 樹弘は落胆しつつも、ますます伯国へと行かねばと思った。

 「一度、桃厘へ行かれてはいかがですか?あそこには娘がおりますし、ここより伯に近いから情報も集まっておりましょう」

 「そうだね。やっぱりそうだよね」

 田参に言われる前から桃厘には寄らねばと考えていた。しかし、早く伯に入り泉春に戻らねばという急かさせる気持ちも捨てられずにいた。

 田参宅を辞去し、雲華に宿に帰ってきた時にはすでに夜になっていた。部屋に戻って寝台に倒れ込んだ樹弘は、疲労を感じながらも目は冴えていた。

 『伯国をどうすべきなのだろうか?』

 国主に即位して以来、樹弘は最大の難問にぶつかっていた。当初は伯国との戦争は絶対避けねならぬと思っていた。基本的にはその考えに変わりはない。しかし、戦争というものは相手が仕掛けてくることもある。そうなった場合、平和で豊かな生活を享受しつつある泉国の民のために戦わなけばならないのだ。

 「国主なんてなるものじゃなかったのかな?静公や翼公もこんな悩みを抱えていたんだろうか……」

 樹弘がぼやき、ようやく微睡み始めていると、戸が叩かれた。開けてみると雲華が立っていた。

 「よろしいでしょうか?」

 「うん。どうぞ」

 雲華を中に入れると、彼女は平伏した。

 「よ、よしてくださいよ!」

 「いえ、主上、改めて礼を言わせてください。私達がこのような生活ができるのは主上のおかげに他なりません。ありがとうございます」

 雲札に見つかってこの宿に連れてこられた時は上手く誤魔化したつもりでいたが、やはり雲華には誤魔化しが効かなかったようだ。

 「雲華さんには敵わないな……」

 「だって、私が主上に差しあげた匂い袋をつけていらっしゃるんですもの」

 雲華は忍び笑った。確かに、あの時もらった匂い袋を樹弘は泉姫の剣の鞘にぶら下げていた。

 「ああ、確かに……これは決定的証拠だな」

 兄さんは気づいていませんけど、と雲華はまた笑った。

 「とにかく顔を上げて普通にしてください。別に礼を言われることはしていません。生意気かもしれませんが、国主として当然のことをしたまでです」

 樹弘は手を取って雲華を立たせようとした。立とうとした雲華であったが、そのまま樹弘の体にもたれ掛かった。

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