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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
924/958

獄炎の法~15~

 結局、何暫は夏音と会うことなく試験を迎えた。

 官吏登用試験は三回に分けて行われる。一回目は筆記。中原の歴史書というべき『国辞』ともう一つの政治書を暗記して筆記しなければならない。もう一つの政治書については毎年変更され事前に発表される。一見すれば容易い試験のように思われるが、一言たりとも間違えてはならず、書かれた字の美しさも評価の対象となる。ここで半数以上が落第し、次の試験に進むことができなかった。

 二回目の試験は発表されたお題についての論文を提出することだった。お題は一回目の試験の発表時に明かされ、そこから一ヶ月かけて論文を書くことになる。過去の資料を参考にすることができたし、学問の師から添削を受けることもできた。但し、その分精度の高い内容が求められ、三回目の最終試験に進むことができるのは十人に届いたことが過去にはなかった。

 最終の三回目の試験は面接。三人の試験官の前で二回目の論文についての問答をしなければならなかった。ここで三人の試験官全員の合意をもって合否が決められるのであった。

 一回目の試験は五十名ほどが受験する。泉春宮の学問舎という講堂で行われる。郭旦と試験会場にやってきた何暫は自然と夏音の姿を探した。しかし、彼女の姿はどこにも見えなかった。

 「夏音がいないなぁ……。体調を悪くしたのかな?」

 郭旦も夏音のことを探していたらしい。

 「さてね。他人の事なんて気にしている場合ではないだろう。きっと特別扱いか何かで別室受験かもしれないぞ。あの夏音なら風邪をひいていても無理やりくるだろうからな」

 「違いない」

 郭旦は笑って自分の席を向かった。何暫はもう一度夏音の姿を探したが、やはり見つからなかった。


 何暫は二回目の試験で落第した。今年の試験は例年にない難しさであり、三回目の試験まで進んだ者はいなかったという。紀周の塾でもその話でもちきりだった。

 「静国の『三部鑑』なんて書物、誰が知っているんだよ。ましてやそこに書かれた文章を書き記して今の政治との相違点を明かにしろと言われても何も書けないぞ」

 郭旦が撒き散らす不満はおそらくは受験生全員の不満であっただろう。ちなみに郭旦も二回目の試験で落第していた。

 何暫は『三部鑑』については知っていたし、読んだこともあった。五十年ほど前に亡くなった静国の政治家で、農本こそ国家の真髄であると説いていた。だが、多分に夢想的な主張が多く、それほど支持されることもなかった。何暫もたまたま塾の書庫で見かけて読んだだけで、完璧に暗記するまでに至らなかった。だから何ヶ所か書き間違えてしまい、相違点についての論述も上手く書けなかった。 

 「夏音はどうだったんだろうな?」

 試験が終わっても夏音は紀周の塾に姿を見せていなかった。だが、試験の及第者がいなかったということは夏音も及第したのではないか、と何暫は思っていた。

 「おい、聞いたか!夏音が官吏に採用されたらしいぞ」

 一人の塾生が駆け込んできた。 その報せに雑談をしていた塾生達は一斉に黙った。

 「どういうことだよ!

 「官報が出たんだよ。あいつ、ちゃっかり縁故採用枠で官吏になってやがったぞ」

 塾生達がどよめいた。当然のことだった。夏音は常に試験によって官吏になると豪語していた。それなのに縁故で官吏に採用されたのである。共に学んできた塾生達にすれば裏切りに等しかった。

 「なんて奴だ!俺達は必死こいて勉強していたのに!あいつ、きっと陰で密かに嘲笑っていたんだぜ」

 なぁ、と郭旦は何暫に同意を求めた。

 「他人は他人だ。他人がどうこう言うよりも、自己を研鑽して来年の試験に挑めばいい」

 何暫からすれば塾生達の気分は理解できた。夏音と親しく接することがなければ、黙って縁故採用された夏音に憤りを感じていただろう。だが、何暫は察していた。この縁故採用は夏音にとって不本意であったはずだ。あれだけ丞相の娘という立場に苦しんでいた夏音が縁故で官吏になったことを喜んでいるとは思えなかった。きっと逆に苦しんでいることだろう。

 『夏音、苦しいだろうが、頑張れよ』

 いずれ自分も追いつく。何暫は決意を新たにして勉学に励む決意をした。

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