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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
922/958

獄炎の法~13~

 試験による官吏登用の枠を増やす。この案件は泉勝と夏光がひそかに進めていたのが、これが露見した。当然ながら景隆が大反対した。

 「官吏の登用は社稷の重大事。我らに諮ることなく進めるとは朝議のあり様を壊すものです」

 反対するのは景隆だけではなかった。これまで政治思想として比較的夏光に近かった閣僚達も挙って反対を示した。

 泉勝は苦り切った顔をしながらも何も発言しなかった。夏光の肩を持たず静観するというのは予め二人で示し合わせてのことだった。

 「官吏登用試験は初めて十三年目を迎えました。結果として多くの才人を官吏として採用することができ、泉春宮の行政は我々が想像していたよりも円滑に進み、停滞を見せておりません。その結果をもってすれば試験による採用枠の拡大も社稷のためになりましょう」

 夏光は景隆に向ってではなく泉勝に進言するように反論した。あくまでも最終的に裁可を下すのは泉勝であった。

 「それは違うぞ、丞相!泉国が安定しているのは主上の徳と我ら代々泉国に仕える家臣団が一致団結して政治に挑んでいるからぞ。その輪を乱すようなことがあれば、いくら丞相とはいえ許しませんぞ」

 景隆の強硬さの背後には我が子弟を官吏として採用させたい公族貴族のお歴々の存在がある。景隆は一歩も引かぬであろうし、寧ろ我が意見を貫き通す自信があった。

 「主上。確かに試験で採用された官吏には優秀な人物もおりましょう。ですが、そのために代々身を粉にして泉家に仕えてきた者達のことを忘れてはなりません。それらの存在無くして過去の泉国は語れませんし、将来の泉国も成り立ちません」

 ご賢明な叡慮を、と景隆も夏光と論じるのを辞めて泉勝に向き直った。

 「双方の言い分、尤もであろう。私としても試験採用の官吏に優秀な者が多いと感じている。だが、長年に渡って泉国のために働いてきた者達を蔑ろにするつもりもない。どうであろう。今年は官吏採用枠を減少させ、従来の縁故による採用を増やしてみてはどうだろうか?」

 泉勝の言葉に信じられぬという顔を夏光はした。景隆はにやっとほくそ笑んだ。

 「その代わりといっては何だが、この朝議の席に出席する者達を増やしたいと思う。今の丞相と式部卿の議論を聞いて、やはり多くの者で討議した方がより良き判断ができると思えた。それでよいな?」

 今度は景隆がぎょっとする番だった。閣僚の数を増やすということは各省の次官が入ってくるということである。当然ながら景隆の息のかかった者もいるが、大蔵次官の田知が入ってくる。あの才知には景隆も認め、恐れていた。

 しかし、ここで反論することはできなかった。すでに試験による官吏採用枠を減らすということに成功した。ここでさらに泉勝の考えに反するような我を通せば泉勝に不興を買うだろうし、世間的な心象も悪くなる。

 『ふん……増えたのであれば、自分の与党を増やせばいいだけのことよ』

 景隆は腹の中でそう思いながら、泉勝の判断を誉めそやした。


 「上手くいったな。丞相も人が悪い」

 朝議終了後、泉勝は夏光を呼び、さきの朝議での振る舞いを褒めた。ありがとうございます、と夏光は恭しく頭を下げた。

 「大蔵次官を閣僚に入れたいがために官吏採用枠を餌にしたとは式部も思うまい。実に愉快だった」

 先の朝議はすべて泉勝と夏光によって書かれた脚本どおりに進んだ。試験による官吏登用枠を増やそうと言えば当然ながら景隆は反対する。そこで景隆の反対意見を認めておいて、それと引き換えに閣僚の増員を認めさせることにしたである。

 「式部卿は愚鈍でありません。いずれ私達の思惑に気が付くでしょう。そうなれば今年の採用枠を減らしたことが仇となるかもしれません」

 あくまでも試験による採用枠を減らすのは今年だけのつもりだった。しかし、景隆は来年も再来年も減らした数を元に戻すことに反対するだろう。その時、どのように対応すべきか。夏光はまだ思いつかずにいた。

 「来年のことか。その時はその時よ。余が国主なのだからな……」

 「それにつきましてはお願いがございます」

 「ふむ、申してみよ」

 「我が娘が今年、官吏登用試験を受けようとしております」

 「ほう、試験で?縁故枠ではないのか?」

 「強情な娘で、自らの実力で官吏になりたいと申しております。実力は確かにあるのですが、採用枠が減ったことで及第する可能性が低くなります。だからといって私が縁故をもって採用すれば角が立ちます。そこで主上のご推薦ということにして欲しいのです」

 「丞相の人の子の親なのだな。容易いことよ」

 明日にでも推薦状を認めよう、と泉勝は確約してくれた。夏光はひとまず胸のつかえがとれた気がした。

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