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七国春秋  作者: 弥生遼
獄炎の法
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獄炎の法~1~

 泉公樹弘が斎公斎治を復位させて二年が過ぎた。

 中原は平穏を取り戻し、泉国国内もますます発展を続けていた。政治的にも経済的にも余裕が生まれていて、国庫は潤っていた。

 「主上、いかがでございます。国庫に余裕が出てきましたので、国史の編纂に取り組まれてはいかがでしょうか?」

 樹弘に提案してきたのは中務卿の水玄だった。中務卿は国事行事や神事を司る役職の長で、相房が仮主をしていた時代を除き、代々水氏が世襲で務めていた。水玄は樹弘が即位してから中務卿に復位し、現在でも務めあげている。

 「国史?国史はすでにあるではないか?」

 水玄が提案をしてくるのは非常に珍しかった。そもそも中務の仕事は決められた行事ごとを遂行する役職なので、何かを新しく提案するような案件がなかった。

 「左様でございます。しかし、今の国史はおよそ百年前に編纂されたものです。その百年間は欠史となっておりますし、新しい資料が出てきて過去の歴史に対する評価も変わっております」

 「なるほどね」

 「こういうのは経済的に豊かな時にやってこそ公正な視点で歴史がみられるというものです。ぜひともご検討ください」

 「分かった。今度の朝議で発議するように」

 「承知しました」

 水玄は次の朝議で国史編纂について発議した。樹弘は自分の意見を言う前に閣僚達の賛否を問うた。反対する閣僚はいなかった。

 「私もいいと思う。中務卿の言うように資金に余裕がある時でないとできないものだからな。中務卿を中心に各部署と協力して編纂を進めるように」

 これで泉国で国史の編纂が決定した。


 国史編纂を決めたその日から樹弘は暇を見ては過去の国史に目を通すようになった。

 「精が出ますね」

 夜も私室で国史を読んでいると、公妃樹朱麗が入ってきた。樹弘の前に座ると、机の上に積まれている国史の一冊を手にしてぱらぱらと捲った。

 「読んでいると面白いんだけど、どうにも難しい表現が多いね」

 「百年前のものですからね」

 「朱麗は全部読んだことあるの?」

 「読みましたけど、骨が折れました」

 今更読み直す気がないのか樹朱麗は国史を机の上に置いた。

 「これは確かに国史を作り直す必要があるかもしれないね。また明日にしよう」

 読みつかれた樹弘も読んでいた冊子を閉じた。

 「ところで今はどのあたりを読んでおられるのですか?」

 「泉勝様の時代だよ」

 泉国の国史はそれぞれの国主ごとに一冊ずつまとめられている。事績の少ない国主の場合は冊子が薄く、事績の多い国主は分厚くなり、二冊に分かれることもあった。

 「泉勝様といえば今から二百年前ぐらいですね」

 「うん。名君ということだからね。勉強しておこうと思って」

 「ですが、何暫という酷吏も生んでいます」

 何暫の名前は樹弘も知っている。他者を騙した者は死罪、他者から盗んだ者は死罪、他者を傷つけた者は死罪、他者を殺した者は死罪という所謂『四死の法』を作った酷吏である。泉国の歴史では最も有名な極悪人だった。

 「歴史を学ぶ意義はまさにそこにあるんだろうな。僕も悪臣を生まないように注意しないと」

 樹弘は思った。自分もまた後世の国史に出てくるのだろう。その時、何と書かれるのだろうか。遥か将来のことを心配するのも馬鹿らしいと思えてきたが、悪く書かれることだけはしたくなかった。

 「何暫か……。勉強してみる価値はあるのかな」

 翌日、樹弘は何暫にまつわる資料を集めさせた。新しい国史が編纂される前に自分で勉強してみようと思った。

 

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