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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
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凶星の宴~54~

 呉頗の首は五人の国主が見守る中その日のうちに刎ねられた。

 「国主の面前で剣を抜いた時点で本来ならば八つ裂きになってもおかしくないのだが、斬首による処刑は泉公のお慈悲であると思うことだ」

 処刑に先立ち章宗元がそう言ったが、もはや呉頗には届いていなかった。呉頗は刑場に引き出されると意味不明なことを喚き散らした。

 「見苦しい限りですね」

 斎晶が不快そうに顔をしかめた。まったくだ、と隣に座っていた源蔡が同意した。

 土壇場に据えられた呉頗はわずかばかりに抵抗したが、衛兵達に両腕を拘束されると観念したのか項垂れた。

 「何か言い残すことはないか?」

 刑の執行は樹佑が取り仕切った。最後の言葉を促すと、呉頗はきっと目を見開いた。

 「良いな、貴様は!何事もなければ国主になれるのだから。しかも今や大国の泉国だ。俺の気持ちが分かるか!」

 挑発された樹佑だったが、心が動じることなく冷徹に呉頗を見下した。

 「分からんな。私は泉国の太子として国主の座は約束されている。だが、それだけのことだ。仮に太子でなかったとしても志をもって参政しただろう。国主という地位に拘る貴様に私の考えなど分からんだろうな」

 樹佑は平然と言い返し、処刑人に執行を命じた。あああ、と呉頗は絶叫しながら、その首を落とされた。

 刑の執行が終了するまで樹元秀は終始無言だった。呉頗の首が落とされ、その首と胴体が運び出されると立ち上がり、他の国主達に向って一礼した。

 「これをもって会盟を終わりたいと思います」

 それだけを言って樹元秀は退場した。七日間に渡る会盟がようやく終了した。


 会盟が終わり、国主達は野営地を撤収して各国へと帰っていった。樹元秀は帰路もぼぼ無言であった。主催した会盟が血で汚され不快なのだ、と樹佑は思っていた。

 泉春まで一舎の距離となった夜。泉春に戻れば政務に復帰せねばならず、なかなか話を聞く機会もないだろうと思い、樹佑は思い切って樹元秀に不快なのかどうか尋ねてみた。

 「不快……。確かに不快なのは不快ですよ。ですがそれは、会盟を血で汚されたからではありません。もっと上手くできたのではないかと思うのです。それこそ血を見ることなく……」

 樹元秀の言葉は樹佑にとって意外だった。

 「何を仰います。泉公は見事に始末をつけたではありませんか」

 章宗元が樹佑の気持ちを代弁してくれた。樹佑から見ても樹元秀は余人が納得するような決着をつけていた。

 「それは結末のことですよ。譜申が宴の席であのような行動にでるのを阻止できなかったことを私は悔いているのです。もし譜申が呉頗から書状を奪うような真似をしなければ、宴が血で汚されることもなければ譜申も死ぬこともなかったでしょう。譜申は実に惜しい人物でした」

 「確かに譜申は忠臣というべきでしょう。死して呉豊の将来の仇となる呉親子を排斥することに成功したのですから」

 「佑は本当に譜申が忠臣と思っているのですか?」

 樹元秀の指摘に樹佑は返答に詰まった。樹元秀は譜申を忠臣と見ていないのだろうか。

 「主上は違いお考えをお持ちですか?」

 「世間はそう捉えるでしょうし、後世からもそう評価されるでしょう。有能な人物であり、生きていれば極国の中で名臣となったでしょうが、私は忠臣とは思いたくありません。誠の忠臣であるならば、私達に大見えを切ったように呉親子を活かしつつ、呉豊殿を国主として盛り立てたでしょう。譜申は最初から会盟を利用して呉親子を排除するつもりだったんですよ」

 「では、譜申は最初から呉頗の懐にあの書状があることを知っていたということですか?そのうえであのような真似を……」

 「そういうば不思議だったのですよ。何故、譜申は呉頗の懐に書状が入っていることを知っていたいのか?いや、それだけではありませんね。どうして呉頗はあの宴の席で書状を持っていたのでしょう。ばれたらまずいものですから持ち歩くなどあり得ませよね」

 「宗元の疑問に対する答えはひとつだけ。すべては譜申が仕組んだものだったんですよ。おそらく譜申はかなり前から書状の存在を知っていた。それをどうにか手に入れて、わざと呉頗に持たせるようにした。具体的な方法は分かりませんが、そう考えるのが一番しっくりと来ると思いませんか?」

 我々は譜申にしてやられたのですよ、と樹元秀は言いながらも先程までの不快さを見せなかった。

 「譜申はどうしてそのような回りくどいことを……。ああ、そうか。譜申がいきなりそれを我らに提出したとしても偽書として処理されるかもしれないと判断したのか……」

 章宗元が独り言ちて納得した。

 「その周到さ……社稷のために活かして欲しかったものです」

 樹元秀は嘆息した。樹元秀からすれば、率直に書状を提出されても偽書であると疑いはしなかっただろう。自分を信じて欲しかった。それが一番の後悔であるかもしれなかった。

 「主上。この度の会盟で学ぶことが多かったと思います。人の世とはままならぬものです」

 樹佑が感想らしきものを漏らした。樹元秀が優し気な目線で一瞥した。

 「それでは抽象的すぎて分かりませんね」

 「失礼しました。私は泉国の太子としてこれまで生きてきました。偉大なる主上は泉国を良く治め、覇者として中原の秩序を守護されていると思っておりました」

 いつもは身内であっても歯の浮くようなおべっかを嫌い否定する樹元秀だったが、この時ばかりは樹佑の言うがままに任せていた。

 「その主上の威光を譜申は利用しました。そのうえで極国にとって最善と思われる結果を作り上げました。こういう言い方は失礼かもしれませんが、譜申は主上よりも上手を行ったと思っています。そのような人物が今の中原にいるとは思っておりませんでした」

 「その見解は正しいでしょう。国主として全知全能ではない。それが分かっただけでも、佑にとっては成長したということでしょう」

 「畏れ入ります」

 「しかし、私にとっては得るもののなかった。ただ人が傷つくだけの宴でした」

 私もまだまだです、と樹元秀はため息交じりで言った。


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