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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
906/958

凶星の宴~52~

 譜申と呉頗の剣舞が始まった。

 剣舞には基本的な型がある。流派によって型は異なるのだが、極国には龍国から派生した一派しか存在しないので、譜申も呉頗もその流派の型通りに舞った。

 迫真の剣舞となった。呉頗が鋭く剣を打ち下ろすと譜申がそれを受け、譜申が勢いよく剣を薙ぎ払うと、呉頗はぱっと素早く身を引いて剣をかわした。

 「まるで本当に打ち合っているようですな」

 章宗元の囁きに樹元秀は小さく頷いた。本当にお互いが相手への殺意をもって剣を振るっているような迫真の剣舞だった。

 そこへ樹佑が寄ってきて耳元で囁いた。

 「主上。何やらきな臭い感じがします。この剣舞終わらせた方がよろしいのではないですか?」

 樹佑には何かしら感じるものがあるのであろう。それは樹元秀も同様だった。仮に意図的でなかったとしても、この剣舞でどちらか傷を負えば禍根になる可能性がある。その前に終わらせるべきだろう。

 「その通りかもしれませんね。ですが止めに入るのは無粋です。佑、貴方も剣舞を披露するということで介入しなさい」

 泉国の太子が剣舞に入ったならば、二人とも本気の打ち合いはできまい。樹元秀が樹佑に助言を与えたその時だった。譜申は剣を地面に突き刺したかと思うと、呉頗の懐に手を入れて紙のようなものを引きずり出した。

 「泉公!これを!」

 譜申はそれを上座の方に投げつけた。さっと樹佑が樹元秀を庇うようにして前に立った。

 「おのれ!謀ったか!」

 呉頗が武器を持たぬ譜申の背後から斬りつけた。譜申は何事かを叫び、流血しながらその場に倒れた。各地で悲鳴や叫び声が起こった。

 「衛兵!呉頗を取り押さえろ!」

 樹佑は命じつつ、譜申が投げつけた紙を拾った。衛兵が呉頗に殺到し、体を押さえつけた。くそぉっ、と呉頗が絶叫した。

 「主上。これです」

 樹佑が譜申が投げつけた紙を樹元秀に渡した。その間に医師が駆けつけ、譜申の手を当てを始めていた。

 書状を一読した樹元秀の顔が強張った。普段から穏やかな顔しか見せない樹元秀にしては珍しいことだった。

 「呉江と袁垂を拘禁しろ」

 樹元秀の命令にほとんどのものが唐突さを感じただろう。おそらくは呉江と袁垂本人も理解していなかったに違いない。衛兵達が呉江と袁垂を拘束した時も抵抗する素振りを見せなかった。

 「それから極国と龍国の陣営を監視下に置きます。何人も会盟の地から出ることはなりません。宴はこれで終わりです。ご足労ですが、国主の皆さんと呉豊殿、青張殿は後で私の天幕においでください」

 樹元秀は席を立った。明かに怒っていた。人前で怒ることのない樹元秀が見せた怒りにその場にいた誰もが恐怖を感じていた。


 深夜になって急遽会合が行われた。参加したのは五人の国主と呉豊、青張。樹元秀を除く誰しもが緊張していた。特に呉豊は自国の家臣同士が刃傷に及んだのである。気が気でなかった。

 「夜遅く畏れ入ります。折角の宴が台無しになって面目ありませんが、看過できぬ事実が発生してしまいました」

 樹元秀は譜申が呉頗から奪い取った書状を回覧した。内容は袁垂が呉頗に宛てたもので、極沃で騒擾を起こさせ、その混乱を機に龍国の兵を極国に入れるというものだった。しかも、その勢いのまま呉豊を武力で排除し、呉江もしくは呉頗を国主にするというものだった。さらにこの謀略が成功したあかつきには極国が領土を割譲するとまで書かれていた。

 読了した者はいずれも驚嘆の表情を浮かべた。そして呉豊は読む手が震え、青張は顔を真っ青にして汗をかき始めた。

 「まず最初に確認しておきたいことがあります。この書状について呉豊殿と青張殿は知っておりましたか?」

 「知るはずがありません」

 真っ先に答えたのは青張だった。ここで真っ向から否定しなければ、国家ぐるみの陰謀であると疑われてしまう。

 「私も存じておりません。知っておれば、なんとしても公にして呉頗を糾弾したでしょう」

 樹元秀は頷いた。これは呉頗と袁垂だけの間で交わされた密約だろう。

 そこへ樹佑が天幕に入ってきて何事かを樹元秀に耳打ちした。

 「譜申が今しがた息を引き取ったようです」

 樹元秀が報告すると、一堂がわずかに頭を垂れて黙祷した。

 「泉公。いずれにしろ許されざる事態です。ましてや国主主催の宴で刃傷に及ぶなど言語道断です」

 章宗元の語気にも怒りが満ちていた。敬愛する樹元秀主催の宴が血で汚されたのである。鋭く呉豊と青張を睨みつけていた。

 「勿論、このまま座視はできません。明日になって呉頗、呉江、袁垂から事情を聴きましょう。その上で結論は私に任せていただけませんか?」

 樹元秀の提案に異論を挟む者はいなかった。いかなる結論になろうとも、覇者として確固たる地位を築いている樹元秀の口から出たものであれば、誰しもが納得するしかなく、樹元秀もそれを理解しているからこそ、自分が責任を持とうとしていた。

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