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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
905/964

凶星の宴~51~

 夜が更け、宴が始まった。

 「堅苦しい話は昼まで終わりました。これよりは過去の諍いを忘れて無礼講と参りましょう」

 開会の辞を樹元秀が述べると、参加者全員が杯をあげた。席次は樹元秀が最も上座にあり、各国主達が続き、さらに泉国龍国極国の太子が座る。譜申と呉江、呉頗はその次に座ることになった。

 間を置かずして次々と料理や酒が運ばれてくる。誰しもが泉公が用意した美酒美食に舌鼓を打ち、泉国の豊かさを褒め称えた。

 樹元秀は客をもてなすのを好み、そのために贅を尽くさせたが、当の本人は下戸なので酒は飲まず、料理にもほとんど手をつけなかった。ある時にその理由を章宗元が尋ねたことがあった。樹元秀は恥ずかしいそうにしながらも、

 「私はご飯を食べると眠くなるんでね。人と話をしたり、人の話を聞く時はできるだけ食べないようにしているんだ」

 と答えたという。ちなみに樹元秀が手をつけなかった料理は、後になって雑役達に下げ渡されるので、彼らは樹元秀が宴を開く度に喜んだといわれている。

 今回も樹元秀は気に入りの果実水を飲むばかりで料理が運ばれてきても箸を手にすることすらなく、誰かと話し込むか、誰かと誰かの会話を熱心に聞いていた。

 宴が進むと所々で詩を歌うものが出てきた。楽器などないので手を打って拍子を取る者もおれば、瓶を叩く者もいた。まさに無礼講の宴となっていて、樹元秀は実に嬉しそうだった。

 「泉公、印公。この度はお世話になりました」

 樹元秀が隣の章宗元と話をしていると、呉豊が間に入ってきた。

 「私は何をしておりませんよ。すべては泉公のおかげです」

 呉豊から酌を受けた章宗元は美味そうにその酒を飲んだ。章宗元は樹元秀と異なり蟒蛇といわれるほどの大酒飲みで、尚且つ酔うということがなかった。

 「私もさほどのことをしておりません。曲折はありましたが、感謝されるのでしたら先代極公に感謝されるとよいでしょう」

 「かたじけないお言葉です」

 「それと譜申という臣にも感謝すべきでしょう。かの者は本当に社稷のことを考えておられる」

 「はい。譜申につきましては私が国主になったあかつきには閣僚に迎えるつもりです」

 「そうですか。それは楽しみなことです」

 樹元秀は離れた席に座っている譜申を見た。こちらの視線に気づかず、一人で酒を飲んでいるようだった。

 「実はその譜申が剣舞を披露したいと申しております」

 「ほう。剣舞ですか。単に飲むだけでは飽きてきたところです。譜申」

 章宗元が譜申を呼んだ。譜申は身をかがめながら進み出た。

 「お呼びでございますか?」

 「呉豊殿から聞いた。剣舞を披露したということだな」

 「はい」

 「かの譜天将軍の養子がいかような剣舞を見せるか見たいものだ。誰ぞ、譜申に剣を授けよ」

 章宗元が命じると、印国の警備兵が譜申に剣を渡した。

 「しからば」

 譜申は剣を抜き、鞘を警備兵に返すと、少し後ずさりをして剣舞を始めた。

 それは見事な剣舞であったという。話をしていた者達も歌を歌っていた者達も口を閉じて手を休めて譜申の剣舞に注視した。

 「見事な剣舞よ。天晴なものよ」

 一通り剣舞が終了すると、章宗元が大きく手を打って譜申を褒め称えた。それに追従するようにして他の者達も盛大な拍手を送った。

 「ありがとうございます。ですが、剣舞とは本来相手があって舞うもの。今一度舞ってもよろしいでしょうか?」

 「うむ。異論などあろうはずがない。よければ余が相手をするぞ」

 「印公がお相手では緊張して舞えませぬ。そうですな……呉頗様、よければお相手していただいてもよろしいでしょうか?」

 譜申から突如指名された呉頗は手にしていた杯を落としそうになっていた。

 「それはよい!新しい極国を担う者達の共演ほど今回の会盟に相応しいものはないだろう。誰ぞ、呉頗にも剣を授けよ」

 章宗元がそこまで言えば辞退するわけにもいかなかった。呉頗は渋々立ち上がり、傍にいた警備兵から剣を受け取った。

 「どういうつもりだ?」

 「私が剣舞の相手では嫌でございますか?」

 「間違って刺しても怒るなよ」

 譜申と呉頗は互いの剣先を合わせた。

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