凶星の宴~47~
夜になり、各国主達はそれぞれの宿営地に戻っていった。各国の国主は会盟の地に軍勢を連れてくるということはすでに触れた。国主達は会盟が開催されている間は界畿内に宿泊せず、それぞれの軍勢の天幕で寝泊まりをするというのが慣習になっていた。
樹元秀は泉国の宿営地に戻り、夕食を取っていた。場を共にするのは太子である樹佑と印公章宗元だった。
「佑は今日の話し合いをどう見ました?」
三人が食事をしながら他愛もない雑談をしていると、樹元秀が突然切り出してきた。
「面妖な限りです。呉親子、太子呉豊、そして龍国の太子青張に丞相袁垂。いずれも主張を聞いても何が真実なのか判断できずにおります」
会盟の場に樹佑もいた。しかし、議論の中には加わることはできず、他の陪席者と同じように遠くに控えて見守るだけだった。
「全員が自分の言っていることが正しいというだけですからね。ここまでくれば双方退かぬでしょう」
章宗元が付け加えるように言った。樹元秀は同意するように頷いたが、言葉には出さなかった。
「主上はどのようにご覧になりましたか?」
樹佑が探るように尋ねた。樹元秀は杯を手にした。下戸の樹元秀の杯には酒ではなく果汁水が注がれていた。
「揉めて対立している以上、自分達が正しいとしか言わないでしょうそれが真実なのかどうかはこの際問題ではないと思っています。今、会盟においてなさねばならないのは双方が渋々であっても納得する妥協点を見出すことです」
「そのような妥協点、見出せるのでしょうか?」
「見出せぬ時は武力に頼るしかありません。それが会盟に軍勢を連れてきている理由ですよ」
樹佑の懸念に対する章宗元の返答はあまりにも明快だった。樹佑の顔が強張った。彼はまだ国家間で武力が行使される場面に直面したことがなかった。
「宗元の言うとおりです。ですが、私としては武力は極力使いたくない。そうなれば極国は自主独立の国家ではなくなってしまいます。かつての龍公と極公が打ち立てた誓いを無駄にはしたくありません」
「義兄上のお考えは至極当然であり尊いものですが、最悪の事態を想定しておいた方がよろしいかと思います。私が思いますに、呉豊が国主になったところで呉親子を排除しない限り極国は安定しないでしょう。あの親子には野心があり過ぎます」
章宗元が言いたいのは武力をもってしても呉親子を排除しなければ、呉豊が安定して国家経営をできないだろうというものだった。樹元秀としてもそのとおりであると思っているのだが、安定の代償として武力を用いるのはどうにも乱暴に思われた。
「ともかくも明日ですね。明日中には結論を出さねばならないでしょう」
このようなことは長期にわたって問答をするものではない。樹元秀はそう考えていた。
翌日は国主だけで話が行われることになった。但し、当事者国となる極国の代理人である呉江と龍国の青張は参加できなかった。
各国主の意見は細かなところで相違はあったが、概ね同じようなものだった。
「呉豊が国主にならねば先代の遺言は違約され、その保障をした龍公が面子を失います。なので呉豊が国主になるのはよしとしても、呉江親子がいては政局不安定になります。ですが、現状で呉親子を会盟をもって排斥するというのは乱暴な話です」
斎公―斎晶がこの問題の難しさを要約した。斎晶は母である先代斎公である斎香の知性と美貌をそのまま継承したといわれ、若いながらもよく斎国を治めていた。
「斎公の仰ることはそのとおりでしょう。できることなら会盟ではなく、極国そのもので壊滅して欲しい問題ですが、昨日の様子では難しいでしょう」
章宗元が言うと、国主達は唸った。彼が言ったこともまったくもってそのとおりだった。
「仮の話として、呉豊が本当に単なる酔漢で誠実な姿が偽りであるとするなら呉豊を国主にせず、呉江か呉頗を国主とすべきでしょう。逆に呉豊の姿が呉江親子を欺く擬態で会ったとして呉江達に国主にならんとする野心があるなら呉豊を速やかに国主にして呉親子を政権から追い出せばいいのです。要はどちらかが悪であったのなら、会盟の名の下で強制的に排除すればいいのですが、今のところどちらが善でどちらが悪のか判然としていない以上、我らとしては口の出しようがありません」
続いて楽分紹が発言した。長い話だったが、内容としては他の国主とほぼ同じだった。
「私から提案があるのですが……」
樹元秀が手を上げた。他の国主達は沈黙をもって樹元秀の発言を待った。
「皆様の意見は概ね同じようなものです。翼公がいったとおり、善悪の問題ならば難しいことではないのですが、今のところは善悪が分からない状態です。あるいは善悪などないのかもしれません。そこで私はある男の意見を聞いてみたいと思っています」
「ある男とは誰ですか?」
章宗元が聞くと樹元秀は僅かに微笑んだ。
「譜申です。直諫の臣と聞いています。かつては太子の傳役でありながらも、呉江からの信任も厚いと聞いています。彼ならば中立的な意見が聞けるのではないかと思うのです」
どうでしょうか、と樹元秀が同意を求めた。他の国主に異論はなかった。




