凶星の宴~46~
会盟が始まった。
まずは界畿に創設された流民救済機関についての話し合いが行われた。この話し合い関しては極国からは摂政である呉江が出席していた。
流民救済機関についてはいくつかの事項を確認し合った後、新たに出てきた懸案事項について討議が行われた。と言っても大筋についてはすでに同意を得ている事項なので、流民救済機関についての話し合いは二日で終了した。極国の問題については三日目から行われることになった。
「次期極公についてここで討議するのは会盟での本義ではないと思っています。その国のことはその国で決めるべしという先代泉公の時代の会盟で決議された盟約があるからです。しかし、今回は翼公から要請がありましたので、こうして皆様に集まってもらいました」
会盟の主催者である樹元秀が初めに会盟が開かれるに至ったあらましを話してから翼公―楽分紹に視線を送った。
「私が会盟の議題として極公の後継について取り上げるべしと要請したのは他でもありません。長く国主不在というのは国家安定を欠き、強いては流民を生むからです。事実、極国ではつい最近国都で騒擾も起こっています。特にこの問題をややこしくしているのは先代極公の遺言とそれを龍公が裏付けをしていることです」
翼公―楽分紹は参加している国主の中では最年長である。その言葉には重みがあり、樹元秀も尊重していた。
「巷間の噂では摂政呉江が政庁である御館に居座り、国主の座を狙っているということです。それどころか太子呉豊を政庁に寄せ付けないでいると聞きます。これが事実であるとするならば、先代の遺言に反することであり、遺言を保障した龍公への裏切りということにもなります」
「翼公の報告ではこのようになっています。噂が事実なのか。それとも本当に単なる噂なのかは別としても、極国が混乱にあるのは事実のようですね。この件について、当事者たちの意見を聞きたい」
樹元秀が遠くに控えている呉江の名前を呼んだ。呉江は身を低くしたまま国主達の座る円卓に近づいた。
「翼公の仰ったことは全て噂の域を出ないものです。私が国主の座を狙っているなど根も葉もないことで、太子が政庁に近づかないのも太子が自発的にそうしているだけでございます。太子は夜な夜な町で鯨飲し、政治を顧みようとしておりません」
「これは妙な言葉ですな。太子呉豊は公妃を迎えるための談判を龍国に赴いた際、至極まともであったと聞いている。そうれであろう、青太子」
発言したのは静公―源蔡。静公に暗君なしと言われているとおり、英邁で知られていた。
「はい。私が応対した限りでは豊太子は至極まともでありました。極国での噂は聞いておりましたが、その噂とはまるで反対の印象を持ちました」
龍国太子青張が発言した。
「お待ちください!太子が酒に溺れている事実ですぞ!」
後方で声を荒げた者がいた。呉頗だった。顔を真っ赤にして青張の主張に反論した。
「控えよ、呉頗!国主の眼前ぞ。許しなくして発言するな!」
源蔡が立ち上がって尚も何かを言おうとする呉頗を制した。呉頗はぐっと奥歯を噛み締めながらも頭を下げて座った。
「太子豊が連日連夜、街に出て酒を飲み歩いているというのは事実なのですね。その点について呉豊は申し開きはありますか?」
紛糾しそうな空気の中、樹元秀が穏やかな声で言った。呉豊が進み出た。
「先程まで述べられていた行状については事実です。お恥ずかしい限りです。しかし、それはすべて太子の身でありながら国の政治に参与させてもらえない憂さを晴らすためのものです」
発言する呉豊の所作は見事なものだった。巷間で噂されているような単なる酔漢ではないように樹元秀には思われた。
それから複数の人間から様々な証言が飛び出してきたが、着地点が見つからない平行線を辿っていった。呉江呉頗親子が悪し様に呉豊を批判したかと思えば、呉豊は批判を受けつつも反省の弁を口にして神妙な態度を見せた。龍国側に意見を求めても太子青張は呉豊を称賛するが、丞相袁垂は懐疑的な意見を述べた。あまりにもまとまりがなくなってしまい、各国主達も辟易し、疲れを見せ始めていた。
「今日のところは散会としましょう」
樹元秀が言うと、国主達はほっとした表情で席を立った。




