凶星の宴~45~
会盟の地は旧界国の国都界畿。界国が消滅し、住民達による自治領となった今でもその名は残っていた。いずれの国にも属さない場所であるため度々会盟の地として選ばれてきた。会盟が開催される二ヶ月前から各国の随員が界畿を訪れ、受け入れの準備が行われていた。
会盟は単なる各国の首脳会談ではない。国主達はある程度の軍勢を率いて会盟の地に赴き、会盟の結果次第ではそのまま軍勢を率いて軍事行動に起こすということも考えられた。尤も、樹元秀が泉国の国主となり、覇者として会盟を主催するようになってからは軍事行動へと移ることはなかった。
一番最初に界畿の到着した国主はその樹元秀だった。生真面目な彼は自分の名前で会盟を開く以上、真っ先に会盟の地に赴き、各国国主を丁重に迎えねばならないという信念があった。
続いてやってきたのが印公―章宗元だった。印国は中原唯一の島国であり、界畿へ至るには一番時間がかかる。普通ならば到着するのが一番遅くなるのだが、章宗元は我先にと界畿に到着した。それには理由があった。
「義兄上!お会いしたかったです」
章宗元は樹元秀と義理の兄弟関係になり傾慕していた。
泉国と印国の関係は深い。先代国主である樹弘が印国の内紛を収めて以来、その関係は親密度を増していった。泉国の家臣であった相宗如が印公であった章季と結婚し、二人の間に生まれたのが章宗元だった。さらに章宗元は樹元秀の妹であり樹夏蓮を妻としていた。
「宗元。つい半年前に会ったばかりではないですか」
樹元秀も慕ってくる義理の弟を愛していた。その蜜月ぶりは他国の国主が羨むほどだったと言われている。
「何を仰います。国隔てた半年の歳月は永久に等しいと申すではないですか」
「誰の言葉ですか?それは」
私の言葉です、と章宗元は笑った。多少粗忽なところもあるが、章宗元という人物は文武に秀でており、性格的には天性の陽気さを有していた。妻である樹夏蓮ともども覇者としての樹元秀をよく助けた。
「しかし、流民施設のことは置くとしても、極国のことは厄介ですね。そもそも先代極公が妙な遺言をしたのが誤りの始まりではないでしょうか?」
流石に章宗元は鋭かった。樹元秀も同じように見ていた。先代極公である呉甲が幼いとは呉豊の国主就任を一時保留したことにある。さらにはその遺言を隣国の龍公に保障させたことも問題の種になっているように思われた。
「事は極国だけの問題ではないかもしれませんね。先代極公が龍公に遺言を保障させた以上、会盟で勝手に呉豊を国主とするわけにはいかないでしょう」
そのために会盟には龍公も来る。ただ龍公は老齢のため、代理として太子である青張と丞相である袁垂が来るという。
「どうにもひと悶着ありそうですね。噂では龍国丞相袁垂はなかなかの食わせ物とのこと。まぁ、今の中原で義兄上の威光に逆らえる者などおりますまいが……」
「私はそれほどの人間ではないですよ」
樹元秀は事あるごとに章宗元が口にする賛辞に苦笑いしながらも、この問題は極力二国間で解決して欲しいと考えていた。
他国の騒動には極力干渉しない。それが先代である樹弘以来の泉国の国是だった。樹弘は度々他国の紛争を解決してきたが、それらのほとんどが当事者では解決できな段階になってから樹弘が乗り出してきたに過ぎない。
『冷たいように聞こえるだろうが、その国で起きたもめ事はやはりその国で解決すべきなんだ。そうでなければ中原に複数の国家など必要なくなるからね』
それが樹弘の考えだった。偉大な父を尊敬し、その政治を忠実に踏襲している樹元秀であったが、この点については意見を異にしていた。
『たとえ違う国であったとしてもそれは民にとっては関わりのないことです。救えるのであれ他国の民であっても救うべきです』
この樹元秀の意見に対して生前の樹弘は特に反論はしなかった。樹弘はこの問題を単なる意見相違として捉えていたふしがあった。だから樹元秀が国際的な流民救済機関を作ろうと提言しても反対することはなかった。
「それにしても後継者問題というのはどうにも難しいようですね。それに引き換え、義兄上のところには佑様という立派な嫡子がいて羨ましい限りです」
「宗元のところも聡明そうな子がすくすくと育っているじゃないか」
あれは公妃にております、と章宗元は言った。
「それは何よりだ」
「今回は佑様をお連れになられているとか?」
「ええ。泉春では学べぬことを学んでほしいから連れてきました。今日はかつての義央宮を見学しています」
「左様ですか。そういう物見遊山の会盟に終わればよいですね」
全くその通りだと思ったので樹元秀は大きく何度も頷いた。




