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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
898/963

凶星の宴~44~

 呉頗と譜申は御館の隅にある東屋と向かった。かつては国主が休憩する場所として使われていたようだが、国主不在の昨今では使う人もおらず、やや廃れてきていた。

 「実はこのようなものを預かっております」

 二人が向き合って腰を下ろすと譜申は懐中から書状のような取り出すと、呉頗に渡すわけではなく、書状を広げて中身を見せてきた。呉頗はその中身を見て愕然とした。

 「そ、それは……どのように……」

 呉頗は我ながら呆れるぐらい動揺した。汗がぶわっと噴き出て、足が小刻みに震えた。

 「入手方法は教えられません。が、呉頗様のお手元にあったものであることには間違いありません」

 譜申の顔にも緊張が見られた。呉頗は無意識のうちに腰をまさぐっていた。帯刀しておれば問答無用で斬りつけていたのだが、呉頗は普段から剣を帯びていなかった。

 「予め申しておきますが、もし私に危害が及んだ場合、残りの書状が公になるようにしております」

 譜申が釘を刺すように言った。呉頗はぐっと奥歯を噛み締めた。

 「何が狙いだ」

 「他でもありません。今度行われる会盟の場で太子呉豊が国主に素直に認めていただきます」

 「俺を脅迫するか!」

 左様です、と譜申は静かに応じた。

 「そうすればこの書状はすべてお返しします。それだけです」

 呉頗は息を飲んだ。幾分か冷静になって考えてみると、覇者である樹元秀の前で呉豊が国主と認められれば、これを覆すのは完全に不可能になる。呉頗が国主となる道が絶たれてしまう。仮に呉頗が非情の手段を用いて呉豊を除いたとしても、その時は樹元秀が中原中の軍勢を集めて極国に殺到するだろう。どちらに転んでも呉頗には野望を実現させる未来が見えなかった。

 「俺に拒絶する道はないではないか……」

 「そう思っていただけるのなら、ご賢明な判断というものです」

 譜申が立ち上がった。悠然として立ち去るその姿を呉頗は悔しさを滲ませながら見送るしかなかった。


 「これでいい……」

 呉頗との短い対決を終えた譜申はほっとひと息ついた。もはや後戻りができないところにまで来てしまった。そう思える譜申は極沃でやり残したことがないようにとばかりに譜乙の屋敷に向かった。

 「乙。話がある」

 譜申は譜乙の寝室に尋ねた。譜乙は鳴々の死後、ずっと伏せっていて出仕も控えていた。

 『鳴々も幸せ者よ』

 譜申は譜乙を咎めることをしなかった。愛すべきものを永久に失った悲しみがそう簡単に癒えるものではないことを譜申も承知していた。

 「父上……」

 譜乙は見たことのない情けない顔をあげた。

 「起き上がれないのならそのまま聞け。近々、臨時の会盟が開かれることになった。そこで我が国でのことが話される。私も随員として参加することになった」

 だからしばらく留守にする、と譜申が言うと、譜乙は返事をするかのように軽くせき込んだ。

 『もしや本当に病ではないのか?』

 病は気からという。気が弱まれば病に罹ってしまうものかもしれない。

 「おそらくはそこで呉豊様が正式に国主として認められるだろう。覇者たる泉公のお墨付きならば呉親子も反対はできないだろう」

 「……左様ですか……」

 「呉豊様が国主となられれば、私は用済みだ。私が極欲に来るのはこれが最後になるかもしれない」

 「そのようなことは……ありますまい」

 「これからはお前の……お前達の時代だ。しっかりと呉豊様をお支えするのだぞ」

 譜乙は何も答えず、体だけを起こした。

 「休みたいのならまだ休んでおけ」

 「そういうわけにはいきません……。父の上の先のお言葉、まるで会盟に赴くのが決死の覚悟のように思われますが……」

 病んでいるとはいえ、譜乙は鋭かった。流石は子というべきだろう。

 「覚悟というか、緊張はしている。何しろあの泉公に会うのだからな。無礼があればその場で斬られても文句は言えんからな」

 「父上らしくない冗談です……。その覚悟は鳴々の死と関わりがあるのですか?」

 譜申は思わず唸りそうになった。やはり譜乙は鋭い。鳴々の死について何事か察するところがあるのだろう。

 「いずれそのことは知れる。お前は病を治せ」

 「父上!私は鳴々を愛しておりました!その敵を取れるのなら……」

 「乙!好いた人間が死んだ程度で伏せっているような男に敵討ちなどできるか!」

 譜申はあえてきつく叱責した。下手に同情して譜乙の思うように行動させるわけにはいかなかった。

 「乙。今は伏せっておけ。愛する女性のことを悲しんでいられない日々がやがて来るのだからな」

 譜申は寝室の扉を閉めた。部屋からはわずかに嗚咽の声が漏れてきた。

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