凶星の宴~43~
会盟を開きたいという書状は極国にも届けられた。書状には会盟の議題として極国の国主問題も取り上げると書かれていた。長らく未解決だった極国の国主継承問題がついに中原全体に引き出されることになった。
「ついに覇者のお出ましとなってしまった。これもろくな解決策も見出さずだらだらとしていた結果ですぞ」
呉頗は樹元秀からの書状を一読すると父であるに嫌味をぶつけた。もっと早くに呉江が呉豊を排除していたら、極国の国主継承問題が会盟で話し合われることなどなかった。
「内政干渉だと主張したところで泉公には通じまい。時間をかけてしまった結果がこれというのであれば私の責任であろうな」
呉江は己の非を認めていた。だが、仮に強制的に呉豊を排除したとしても後になって謗られる可能性もあった。呉江はそう言うと思ったが、息子相手に言い訳じみたことを言いたくなかったので止すことにした。
「如何なさるのです?泉公は我らと呉豊の会盟参加を望んでおります。拒否はできますまい。そうなれば規定通りに呉豊めが国主と認められますぞ。泉公が認めたとなれば、何人であっても覆せません」
「我が国の騒動が泉公の耳に触れ、会盟を開こうとされた時点で敗北だ。お前の言うとおり私は遅きに逸した。ここは潔くすべきだと思っている」
「父上!今更何を!ここに来て敗北など私は認めませんぞ!」
「その若さよ。もし私にその若さがあったならば、このような結果にはならなかっただろうな」
呉江はやや無念そうに俯いた。その父の姿があまりにも老いたように見え、呉頗は唾を吐きそうになった。
「弱気な父上など見たくありませぬ!」
「若さとは老いを認めたくないものなのだな。まぁ、そのようなものなのだろう。頗よ、会盟が終わり次第、私は隠居する。その後はお前の好きにするがいい」
「身勝手な!呉豊が国主なってからでは何もできなくなりますぞ!」
そう言いながらも、ここで父を拘禁して無理やり摂政の座を奪い、呉豊を始末するような胆力と機略など呉頗にはなかった。今は会盟をどう乗り切るか。それだけを呉頗は考えていた。
怒りに打ち震えた呉頗は屋敷に戻った。こうなれば頼りにできるのは龍国の丞相袁垂しかいない。それを確認するためにも呉頗は袁垂からの書状を今一度見直すことにした。
『泉公を前にしては袁垂も日和るかもしれない。そうさせないためにもこの書状をもって脅すしかない』
この書状が会盟の場で明かされれば袁垂の失脚は免れない。それが分らぬ袁垂ではないだろうから協力はするだろう。呉頗は執務室の机にある隠し引き出しから書状を取り出した。そこには複数の書状が収められていたが、そのひとつを開いて呉頗は愕然とした。
「白紙だと……」
慌てて他の書状を広げてみると、半数近くが白紙だった。
「盗まれたのか……一体誰が……」
賊が入ったという報告は聞いていない。家中に裏切者がいるのだろうか。呉頗は震えが止まらなかった。袁垂とのやり取りは独断で行っていたので呉江も知らぬし、呉頗には呉江にとっての春玄のような腹心もいなかった。どうすべきなのか相談する相手もいない状況で、呉頗は書状が露見しないことを震えながら祈るしかなかった。
会盟が開かれることで呉豊と青久の婚姻が延期されることになった。呉豊自身も会盟に参加することになったためだが、呉頗からすればそれが唯一の光明だった。
『会盟の場で呉豊に恥をかかすことができれば、それで婚姻が破断になるかもしれない』
呉頗が思いつくのはその程度であり、具体性は欠いていた。
具体性を得ぬまま日にちが過ぎていき、ついには出発の前日になってしまった。御館で政務をしていても考えるのはそのことばかりだった。
夕刻になり、御館を退出しようとした呉頗は譜申に声をかけられた。
「おお、譜申。そなたも会盟に行くのであったな」
その打ち合わせかと呉頗は思った。
「はい。泉公がぜひとも私に会ってみたいと仰るものですから……」
異例のことながら樹元秀は極国の随員に譜申を加えることを求めてきた。極国きっての名将であった譜天の養子に個人的に会ってみたいということらしい。
「それは光栄なことであるな。今をときめく覇者から対面を求められるとは」
呉頗は涼し気な顔を装っていたが、内心では羨ましくて仕方なかった。
「恐縮です」
「しかし、我が父と私、そして太子とそなたが極欲を空けるとなると、残る者達も何かと大変であろうな」
「呉頗様、実はそれについてお話があるのです」
「ほう」
「人がおらぬ場所で」
人払いをしてまでの話とは何であるか。呉頗は訝しく思いながらも、さしたる要件ではあるまいと思っていた。




