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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
896/963

凶星の宴~42~

 翼国の使者を帰した樹元秀は丞相である劉嘉を呼んだ。樹元秀よりも若年ながら優れた行政能力と卓越した政治見識を持ち、樹元秀をよく支えていた。

 「翼公からの使者が来たのは知ってのことと思う。流民云々についてはよしとするとして、極国の問題についてはどう思う?」

 樹元秀は臣下に接する時も敬語を忘れず、常に丁重だった。だが、丞相である劉嘉に対しては二人きりになるとざっくばらんになっていた。

 劉嘉は先代国主である樹弘政権を支えた能吏劉六の息子である。樹弘は劉六に子供が生まれると喜んで樹元秀の学友として泉春宮に招いた。二人にはそういう縁があった。

 「翼公の使者が言うのは尤もです。極国ではそろそろ太子呉豊が龍国から妃を招いて国主の座に就くと聞いています。普通であるならば慶祝されることですが、よい話は聞きません」

 「うん。この間も国都で騒擾があったらしいね」

 「左様です。太子呉豊と摂政である呉江が対立しており、上手くまとまっておりません。臣下達も二派に分れて対立しており、先の騒擾はそれが原因のようです。このまま呉豊が即位しても極国でまともな政治が行われるとは思えません」

 劉嘉は辛辣だった。樹元秀が情の人だとすれば、劉嘉は理の人だった。性格的に真逆の二人だったが、それが均衡のとれた主従関係になっていた。

 「会盟を開くとお金がかかるからね。できれば開きたくないけど、流民の件もあるし、極国のことを放置しておけないかな?」

 「主上が他国に干渉したくないという気持ちは分かります。ですが、中原の安定のためには多少なりとも干渉した方がよいかと思います。呉豊が国主となるという遺言があり、龍公がそれを認めたとなれば、速やかにこれを履行させねば秩序が失われてしまいます」

 「そうだよねぇ」

 樹元秀は頭の後ろで手を組んだ。樹元秀が考え事をする時の癖だった。

 「その恰好をしていると公妃様に叱られますよ」

 いけないいけない、と言って樹元秀は手をほどいた。


 劉嘉を下がらせると、樹元秀は続けて太子である樹佑を呼んだ。

 「お呼びでございますか、主上」

 後に各国国主からの推戴によって王に即位する樹佑はこの時まだ十八歳。樹元秀と異なり堂々たる体躯をしており、溢れんばかりの英気を溌剌とさせていた。

 「うん。まず座りなさい」

 失礼します、と樹佑はきびきびしとした声で言う。地声が大きいのも樹佑の特徴だった。

 「翼公より会盟を開いて欲しいという要請が来ました。ついては君も同行しなさい」

 「私がですか?」

 樹佑は驚きながらも嬉しそうでもあった。樹佑はこれまで会盟の場に呼ばれたことがなかった。

 「そうだよ。私が佑を太子にしてもう何年も経つ。その間、多くの経験をして、多くの師から学んできただろう。その学びの幅をもって広げる時が来たと思うんだ」

 「学びですか?」

 「先代は自分のことを青雲に棚引く一朶の雲でありたいと言っていました。また私のことを暖かな春の日差しのようだと言っていました。そのたとえで言うと佑は真夏の太陽のようだ」

 樹佑はあらゆる面で頂に立つ為政者に相応しい要素を持っていた。堂々たる体躯。見目の良い容姿。武芸に秀でて、学問もできる。太子時代の樹元秀に比べれば遥かに次期国主に相応しい要素を取り揃えていた。

 だが、それは同時に樹佑が自己肥大する危険性があると樹元秀には思えた。他者という鏡が映す実像の大きさから本当に自己を見つけられないのなら、それは樹佑にとっては不幸であると親として樹元秀は心配していた。

 『佑には他者をはっきりと見て、人の持つ清廉と汚濁を知って欲しい』

 自分より優れた人間もいれば、自分よりも劣る人間もいる。それらすべて抱擁できてこその君主であると樹佑に知って欲しく、様々な人が集まる会盟に連れて行きたいのだった。

 「私には意味が主上の仰る言葉の意味が分かりかねます……」

 「そうだろうね。今はそれでいいよ。物見遊山のつもりでついてくれば構わないよ」

 「はぁ」

 「先代は市井から出て艱難辛苦の末に国主となられた。私はその話を聞かされるたびに我が身を恥ずかしく思った。生まれながらにして国主になることが何やら間違いであるような気がしていた。そんな私に先代は旅することを勧めてくれた。旅をして泉春の外のことに触れれば足らぬ経験を補ってくれると言われた。まさしくその通りだったと思うよ。だから佑にも旅をして欲しんだ。今回の会盟はその第一歩と思って欲しい」

 「……承知しました」

 樹佑はまだ父のやることを掴みかねている様子だった。翌日、樹元秀は会盟の地を旧界国に定め、各国に使者を派遣した。



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