凶星の宴~40~
呉頗の不在中、御館に詰めることになった譜申のもとに譜乙から至急に屋敷に来て欲しいという報せがもたらされた。
『何かあったのか?』
譜乙に体調不良か何かあったのかと思い、時間を見つけて譜乙の屋敷に向かった。譜申はそこで鳴々の亡骸と対面することになった。
「これはどういうことだ……」
「分かりません。矢傷を受けて転がり込んできました。それでこれを父上にと……」
泣き晴らして目の赤い譜乙が革袋を譜申に渡した。
「中は見たのか?」
見ていません、という譜乙は時折涙声になっていた。譜申は無言で書状を開いた。そしてその内容を見て絶句してしまった。
『これは何というか……』
まずは本物であろうかということを疑った。書状は龍国丞相である袁垂から呉頗に宛てられたもので、極欲で騒擾を起こして龍国に武力介入してもらい、一気に極国の実権を呉江呉頗親子が握るというものだった。そのために袁垂は協力を惜しまないとも書かれていた。
すぐには信じられない内容だった。呉江は極国の実権を握ろうとはしていたが、同時に龍国の傀儡となることを嫌っていた。その呉江がこのようなことを計画するとは思えなかった。
『ということは呉頗の独断か?』
譜申は袁垂の筆跡を知らない。しかし、末に記されている花押は見覚えがあった。
『死に際の鳴々が持っていたということは田解が盗ませたか?そうなれば本物ということも考えられるが、どちらにしろ迂闊に表には出せない』
偽書と抗弁されればそれまでである。ここは田解に問い質すべきだろう。真偽の判断はそれからでも遅くはあるまい。
「父上……」
「これは私が預かる。お前は鳴々を弔ってやれ」
「ですが、その書状は……」
「今のお前は知らぬ方がいい。鳴々を愛していたのならな」
譜乙が書状の内容を知れば、鳴々を殺したのが呉頗に関わる者達だと思い復讐するかもしれない。そればかりは阻止せねばならなかった。
「父上!」
「鳴々を弔ってやれ。そのままでは彼女も不幸だ」
譜乙がさらに何事か言うとしたので譜申は席を立った。これ以上我が子の不幸な姿を直視できなかった。
譜申はすぐさま田解を呼び出し、事のあらましを話した。
「鳴々が……そんな……」
田解は愕然としていた。鳴々の死を知らなかったらしい。
「お前の迂闊さが鳴々を殺したのだ」
「ですが、そのおかげで証拠が出そろいました」
「大義の代償に人の命がひとつなくなったのだぞ。それをよしとするならば、お前も先の張旬塾の連中と変わらんな」
譜申は田解を説教しつつも、自分もそれほど変わらぬかもしれないと思った。
「譜申様の仰る通りかもしれません。ですから私はこの書状をもって呉江親子を弾劾します。結果がどうなろうとも……」
「駄目だ。これは鳴々が私に託したのだ。お前にではなく私にだ。その意味、分からんとは言わせんぞ。私が預かる」
譜申は田解に渡していた書状を奪い返した。田解は未練がましく見ていたが、抵抗はしなかった。
「どうなさるおつもりですか?」
「決定的な証拠かもしれないが、下手に動けば潰されてしまう。私に考えがる。後は任せろ」
実際に譜申には考えがあった。その考えのためには譜申が動く必要があった。
「ですが……」
「お前はもう手を引け。これ以上、こんなことで若者が死にゆくのを見ておられん」
張旬塾の塾生の騒擾や鳴々の死を目の当たりにして譜申は心中平静ではいられなかった。
「それを言うのであれば、譜申様こそ呉豊様が国主となられた暁には要職に就かねばならぬ方。それに……」
田解が言葉を詰まらせた。
「言いたいことがあるのならはっきりと言え」
「畏れながら譜申様は決して呉江と相対しているわけではありません。呉豊様と呉江が共存し得るとお考えではないですか?しかし、呉豊様が国主となれば呉江は絶対に邪魔となる存在と私は考えています。今ここで排除しなければならないのです。譜申様はそのおつもりはあるのですか?」
「なるほどな。お前の言い分は理解した。だが、私からすればだからこそお前には任せられない。この書状が明るみになってみろ。利害が及ぶのは極国だけではない。龍国にも及ぶのだぞ」
はっと田解は目を見開いた。この書状は龍国丞相が呉頗に宛てたものだ。明るみになれば龍国にも何かしらの影響が及ぶ。そのことに田解は思い至っていなかったようだ。
「確かに……」
「私はすぐに龍国に行ってくる。少なくともそれまではじっとしておくことだ」
范程に早急に会わねばなるまい。譜申はすぐにもでも出発したかった。




