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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
891/963

凶星の宴~37~

 鳴々は実行の機会を窺っていた。ぶっつけ本番の一発勝負でやる以上、成功する可能性の高い状況を見極めなければならない。現状、呉頗の屋敷は警備が厳重になっている。盗みに入るのは困難な状況になっていた。

 「できれば太子が公孫姫を妃に迎える前に見つけ出して欲しい」

 田解はそのような指示を出していた。呉豊が青久を迎えるために極欲を発つのは三か月後とされている。それまでに絶好の機会が訪れるかを探らねばならない。やるからには何としても成功させたかった。

 『狙うなら呉頗が不在の時がいい』

 呉頗が屋敷にいれば当然警備は厚くなるだろうし、不在となれば薄くなるはずだ。呉頗が何かしらの理由で屋敷を数日空ける時が絶好の機会といえた。しかし、愛妻家として知られている呉頗が屋敷を空ける機会が少なく、あるとすれば職務として極欲を離れる時ぐらいだろう。

 『呉頗の予定を知らねばなんともならないが……』

 呉頗は極国の主要人物である。その予定を知るのは容易ではない。だが、鳴々には知る伝手があった。

 『譜乙様に訊けばあるいは……』

 御館に出入りしている譜乙ならば呉頗の予定を知ることができるだろう。問題なのは譜乙が鳴々の素性を知らぬことだった。鳴々がいきなり呉頗の予定を知りたがれば不審に思うだろう。だからと言って鳴々の素性を知っている譜申に聞くわけにもいかない。田解からは譜申に今回のことを言わぬように厳命されていた

 『私はどうしたらいいのだ』

 鳴々は懊悩しながら譜乙の屋敷へと戻っていった。


 「どうしたのだ?鳴々。顔色が悪いぞ」

 その晩、夕食の膳を運んできた鳴々の不調を譜乙は見逃してくれなかった。鳴々はどきりとしながらも平静を装った。

 「そんなことありません。大丈夫です」

 「そうか。無理はしないでくれよ。父上は今晩も帰って来ないようだから、早めに休みなさい」

 譜乙はどこまでも優しかった。下女にここまで気をかける主人はそういないだろう。その譜乙の優しさが鳴々をさらに苦しめた。

 『一層の事、乙様にすべてを打ち明けるか……』

 一日の仕事が終わり、ひとりになって湯あみをしていると苦悩は深まった。譜乙に全てのことを打ち明けて協力してもらうか。あるいは逆に田解達の企みから足ぬけするか。どの可能性を考えても最適とは思えなかった。

 『この身一つ……乙様に捧げられたら……』

 女としてどれほど幸せであるか。そもそも物心ついた時から孤児として生き、旅一座に盗賊としての技術を教え込まれてから、ひとりの女として生きるのは無理であろうと感じていただけに、譜乙との生活は今後手に入れようと思っても手に入れられぬという確信はあった。

 湯殿からあがった鳴々は意を決して譜乙の寝室に向かった。譜乙はすでに寝台に入っていたが、まだ寝てはいなかったようで鳴々の入室にはすぐに気が付いた。

 「どうした?」

 譜乙は無断で入ってきた鳴々を咎めることはなかった。鳴々と譜乙はこれまで何度も夜を共にしている。その場合、必ず譜乙がその意思表示をしてくるか、譜乙が鳴々の寝室を尋ねてくるので、こうして鳴々が何も言わず譜乙の寝室に来るのは初めてのことだった。

 「乙様……今夜は抱いてください」

 夜着を脱いだ鳴々は寝台に入り込んだ。譜乙の愛を体内で感じられれば苦悩が忘れられると思えたのだ。譜乙は拒むことなく鳴々を愛してくれた。それで鳴々は決心することができた。やはりこの人を巻き込むわけにはいかない、と。


 思わぬ形で鳴々は呉頗の動向を知ることができた。久しぶりに譜乙の屋敷に来た譜申が会話の中で呉頗の動向について言及したのだ。

 「明後日より呉頗様が極沃を空けられる。その間、私は御館に詰めることになった。一週間ほどはここに来れん」

 譜申は田解から書状について聞かされていないはずだ。従って呉頗の屋敷から他の書状を盗み出そうとしていることも知らぬはずである。これは偶々の偶然であった。

 「このような時機にどうして?」

 「南方の漁民より報告があったのだ。最近、漁場に斎国のものと思われる漁船が出没しているらしい。その確認に向われるとのことだ」

 それは重大事ですね、と応じる譜乙に酌をしながらも鳴々は譜乙の言葉を聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。


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