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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
889/964

凶星の宴~35~

 呉頗はひとり焦燥の中にいた。張旬の塾生達を挑発して決起されるという計画は半ば成功したが、またしても譜申の手によって思う通りの結果にはならなかった。但し、そのことに焦っているわけではなかった。

 実はこの計画を進めるにあたり、呉頗は龍国丞相である袁垂に密書を差し出していた。その内容は、極欲で騒擾が起こった暁には龍国軍が介入し、極国を武力で実効支配してしまおうというものであった。さらに呉頗は袁垂に対して、その武力をもって呉豊を排斥して自分を国主として認めてもらおうとしていた。そしてその見返りとして極国北部の五つの邑を龍国に献上することを約束していた。これらを密書としてやり取りをしていたのが、呉頗が単独で行っていることであり、父である呉江は知らなかった。

 『親父にやり方では二十年経っても国主の座が回って来ないわ!』

 呉頗からみれば呉江のやり方は迂遠であった。そもそも呉江の心情は極国を守るためには自分が国主になることも辞さないというものであり、必ずしも国主の座を欲しているわけではなかった。その点、呉頗は違っていた。なんとしても自分が国主になりたかった。理屈ではない。自分が国主に家に生まれた以上、国主にならねば気が済まないという信念が呉頗にはあった。それで呉江には内緒で袁垂と密書のやり取りをしていたのだ。

 しかし、騒擾が鎮圧されて以後、袁垂からの書状が来なくなったのだ。呉頗は計画が失敗したことで袁垂を怒らせたのではないと思い、焦り始めていた。ところが別の理由で焦らねばならなくなった。密書の運送を頼んでいたお抱え商人から不穏な報告を受けた。

 「実は書状を託していた男が行方知らずになったのです」

 呉頗は足元に穴が開くような感覚を味わった。もし袁垂との書状が他に漏れれば呉頗は完全に立場を失う。いや、立場を失うどころか命を奪われる危険性すらあった。呉頗は商人を叱責しつつも、自らもその男の行方を捜した。すると数日前に近衛兵団が風体怪しい男を捕まえて尋問しているという情報を得た。

 『もしや……』

 その男ではないか。呉頗は確認するために近衛兵団の兵舎を尋ねた。尋問したのは田解とかいう部隊長らしい。

 「ああ、その男ならば尋問いたしました。風体怪しい男でしたが、色々調べました結果、潔白と分かったので釈放しました」

 田解は帳面を広げながら話してくれた。

 「その時の所持品に何か怪しげなものはあったか?」 

 「いえ、別段に。多少の金銭を持っていたぐらいです」

 「そうか……」

 呉頗として田解の言を信じるしかなかった。ここでさらに踏み込んで尋ねれば田解は怪しむだろう。下手に勘繰られるよりも、釈放された男の行方を独自に見つけ出すべきだろう。

 「その男が如何しましたか?」

 「いや、我が家に出入りしている商人の下男がいなくなったという相談を受けてな。その男がもしやと思ったのだが、どうやら違うようだ」

 邪魔をしたな、と言って呉頗は兵舎を後にした。近衛兵団に露見しなかったと知れただけでよしとした。


 立ち去る呉頗の背中を見送った田解は確信していた。あの男が持っていた書状は間違いなく本物であると。

 『呉頗め!売国奴とはあの男のことだ』

 田解は心の中で罵倒して気を紛らわせた。そうせねば田解は呉頗に斬りかかっていたことだろう。

 『これは呉親子を追い落とす絶好の好機だ』

 田解の懐中には常にあの書状がある。呉頗と話をしていた時も田解の懐には呉頗を滅亡させることができる最大の武器を忍ばせていた。だが、この武器の使い道は難しかった。慎重に使わねば単なる捏造品であると糾弾され、逆に田解達が危機に陥ってしまう。そのためこの武器が使えるのはただの一度きりであり、最高の場面で最大の効果を狙わなければならない。

 『そのためにもこいつを補完する証拠が欲しい……』

 おそらくは呉頗と袁垂は何度も書状のやり取りをしているはずである。この書状ひとつだけということはあり得ない。その書状を見つければ武器の威力はより増す。

 『内容が内容だ。他に書状があったとしても処分している可能性もある』

 徐三祥は処分されている可能性大だと言っている。しかし、田解はそれはあるまいと思っている。少なくとも呉頗からすれば、五つの邑を献上する見返りに国主の座を認めさせるという袁垂との約束を何らかの形として残しておきたいはずである。空手形ではいざという時に計画を反故されてしまう可能性も否定できないはずだ。

 『問題はどうやって手に入れるかだ……』

 呉頗の屋敷には迂闊に侵入できない。しかも蘇律達のせいで呉頗の屋敷の警護は以前より厳しくなっているという。書状を捜し出すのも容易ではないだろう。だが、ここでやらねばこのような好機は二度と巡って来ないだろう。

 「やるしかないか……」

 危険な賭けであったが、田解としては行動を起こすしかなかった。




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