凶星の宴~34~
譜申によって決起した正義派は全滅した。さらに譜申は彼らを扇動した罪をもって張旬を告発して処刑した。これで見事に一連の騒動を鎮静化することに成功した。
「これで正義派を名乗る過激な者達はいなくなりました。謹んで龍国から妃をお迎えください」
譜申が断固たる態度で騒乱を収めたのは、なんとしても龍公の公孫姫を呉豊の妃として迎えるためだった。中途半端な状態にしていれば、龍国側が婚姻を延期あるいは中止にする惧れがあったからだった。譜申は冷徹冷酷という汚名を被ることによって、呉豊の国主就任を妨げを取り除くことに成功したのだった。
国都を騒がせた騒乱が集結して二週間後。一人の男が極沃の街を警邏していた近衛兵によって捕縛された。それほど風体の怪しい男ではなかったが、何をするでもなく極沃の街を何日もうろついていたので声をかけてみると、逃げ出そうとしたので捕らえられた。
「過激派の生き残りかもしれません」
近衛兵達はそう思っていた。張旬塾で決起した一派はすべて根絶やしにしたと言われているが、実際には決起に参加した者が何人いたか詳細は分かっておらず、まだ生き残りや同心する者が潜伏していてのではと推測されていた。それだけに近衛兵達は敏感になっていた。
「よし、俺が尋問してやる」
怪しげな男を捕らえたと聞いた田解は自ら尋問することに名乗り出た。もし正義派の人間だったら、密かに逃がすかあるいは口を封じなければならない。
田解は牢獄に入るなり安堵した。件の男は田解の知らぬ男だった。
『単に怪しいさを疑われただけの男か……』
適当に尋問して解放してやろうと思い、二、三質問してみたが、男は答えは整然としていて田解を怖がっている様子があまりなかった。そのことで逆に田解は怪しさを感じ始めた。
「お前、この数ヶ月の間に極沃と龍頭を行き来しているな?何をしていた?」
男の通行手形には短期間の間に極国と龍国の間にある関所の半が複数押されていた。裏付けは極沃でも有名な商人のものになっている。本物であることには間違いないだろう。
「だからさっきの兵隊さんに言ったが、商用で往復していただけだ」
男はやや太々しくなった。その態度が田解の態度を強固にした。
『そういうばこの商会は呉江親子が贔屓にしていたな……』
ふと思い出したことが田解の直感を揺さぶった。これは何かあると判断した田解は豹変したように容赦のない尋問を行った。田解は徐三祥をはじめ近衛兵団の中にいる他の同志一人を呼び協力させた。
まず男を裸体にし後ろ手に縛り上げた後、鞭で体を打ち据えてから塩水を浴びせた。それを何度も繰り返した。男は言葉にならぬ悲鳴をあげたが、自分の無実を訴えるだけだった。
「田解。違うのではないか?」
徐三祥が小さく耳打ちをした。それでも田解の信念は揺るがなかった。さらなる拷問を続けるうちに、男は失神し脱糞した。
「汚ねえ!」
同志の一人がのけ反った。田解も顔を背けようとしたが、あるものを見逃さなかった。
「おい、あれを見ろ」
田解は壁に立てかけてあった木の棒で汚物をかき回した。すると人差し指大の筒状の何かがあった。
「こいつ、これを肛門に詰めていたんだ」
やはり怪しい男だった。田解は汚いことなど構わずに拾い上げて水で洗った。革袋のようで中から丸められた紙が出てきた。興奮を抑えきれない田解が開いてみると、そこには戦慄の内容が書かれていた。
「こいつは……とんでもないものだぞ」
革袋から出てきたのは龍国の丞相袁垂が呉頗に宛てた書状だった。極国で起こった騒乱が早期に鎮圧されたことを嘆いており、青久が呉豊に嫁ぐ前にまた騒擾を起こすようにと書かれていた。
「騒擾の暁には龍国軍を極国に入れるとまで書いてあるぞ。本物か?」
普段は冷静な徐三祥も声を震わせていた。
「本物だろう……。だが、これだけでは言い逃れされてしまうかもしれない。さらなる証拠を得なければならないが……」
その前にやるべきことがあった。田解は剣を抜くと失神している男の喉に突き刺して絶命させた。この男を生かしておいては書状が奪われたことが呉頗達に漏れる可能性があった。
「このことは絶対に他に漏らすな。そのうちに書状が届かぬと知った呉頗が捜しまわってくるかもしれん。その時は俺達で尋問したと言うんだ。但し、無実とすぐ分かったので釈放したと口裏を合わせよう」
いいな、と田解が言うと、他の二人は真剣に頷いた。




