凶星の宴~33~
「白旗だと?」
極沃郊外の張旬塾へと向かう途中、譜申は思わぬ報せを受けて困惑した。塾に立て籠る暴徒の代表者なる者が白旗を掲げて出てきたというのである。ここで降伏してくれるのなら僥倖なのだが、どうやらそうではないらしい。
「はい。蘇律なる代表者が隊長に弁明したいことがあると……」
譜申は隣にいる田解を見た。今回、譜申が率いている近衛兵百名は、ほとんどが田解が部隊長を務めている隊の兵士だった。田解が小さく頷くのを見て、蘇律が過激派の首領格なのは間違いないようだ。
「武装解除した上での降伏ならば受け容れる。それ以外に談判をするつもりはない」
そう伝えろ、と譜申は伝令に来た兵士を先に帰した。
「譜申様。話を聞くぐらいよろしいのではないですか?」
「何を言うか。太子のご命令は徹底した討伐だ。奴らの意見陳述を聞くためのものではない」
耳打ちしてきた田解に譜申は即答で否定した。
「ですが……」
「武力を用いた者を許すようであっては今後のためにならん。お前は商家に押し入った盗賊の話を聞いて、その話の内容次第では罪を許してやるのか?」
「それとこれとでは話が違います」
「違わない。奴らが呉頗の屋敷を襲おうとしたこと。牢獄を襲撃して罪人を救出しようとしたこと。そして何よりも武装して家屋に立てこもっていること。これらは極国の法律に照らし合わせたら犯罪だ。それ以上でもそれ以下でもない」
それが法治国家だ、と譜申は言った。何も言い返せなかった田解は黙るしかなかった。
譜申達が現場である張旬の塾に到着した。現在、塾を囲っているのは呉頗の私兵と武装した官警達である。譜申は彼らに丁重に挨拶をして、報告を求めた。
「状況は変わっておりません。塾生達は籠ったままですが、あそこで白旗を持って座り込んでいるのが蘇律とかいう男です。譜申様と話をするまでは動かんと申しております」
「承知した。これよりは近衛が引き受ける。皆様方はご苦労様でした」
報告を聞き終えた譜申は呉頗の私兵達を帰すと、視線を蘇律に移した。蘇律は胡坐をかいて座っており、白い布を括りつけた木の枝を持っていた。
『どうすべきか……』
構わず攻撃すべきか。しかし、白旗を持っている相手を問答無用で攻撃するのも武人として忍びなかった。
「私が譜申だ。何を言いたいか知らんが、全員の武装を解除し降伏しない限りはいかなる申し開きを聞くことはないぞ」
譜申は遠巻きに声をかけた。蘇律が顔をあげてこちらを見た。
「譜申様、お聞き届けください。我らは宗如位を起こしましたが、すべては極国の将来を思っての事。ぜひとも呉江呉頗親子を排し、太子呉豊様による親政を実現させるとお約束ください」
蘇律があらん限りに声を張り上げた。譜申は舌打ちをした。
『馬鹿が……』
そのようなことをここでいえば、呉豊と蘇律達に繋がりがあると邪推する者もでてくるだろう。これ以上呉豊に累が及ぼすわけにはいかなかった。譜申は傍に控えている兵士に弓と矢を要求した。
「いかなる理由があろうと討伐せよ、というのが太子のご命令だ。降伏しない以上、何事にも聞く耳を持たん」
譜申は矢をつがえて放った。放たれた矢は蘇律が持つ白旗の布を引き裂いた。蘇律が驚いて木の枝を落とした。
「譜申様!」
「降伏か、討伐されるか。お前達が選べるのはこの二つしかない。夕暮れ待ってやる。仲間達と協議するんだな」
譜申が言い放つと、蘇律は憤怒の表情を向けながらも塾に戻っていった。すぐに討伐しないのは譜申の示した最低限の情けだった。
失意と怒りの感情を発散できぬのまま塾に戻った蘇律は、譜申と対話できなかったことを立て籠る者達に告げた。
「譜申とはとんだ食わせ者だったわ!義にも情にも動じない木石ぞ!」
蘇律は怒りをぶちまけた。蘇穆をはじめ決起に賛同した者達の瞳には悲壮さが宿っていた。
「どうするのだ、兄上。降伏も生きて捕らわれるという選択肢もない。もはや我らには死しかないぞ。目の前の敵に斬り込んで死ぬか、それともここで一同で腹を切るか……」
「待て。そういえば公露はどうした?」
「そういえば……」
蘇律と蘇穆は周囲を見渡した。同志達の中に陳公露の姿だけが見えなかった。
「先程、厠へ行くと申しておりましたが……」
「どのくらい前だ?」
「ちょうど蘇律殿が出て行かれる前です」
そうなると随分と前だ。嫌な予感が蘇律の脳裏をよぎった。
「兄上……まさか逃げたのではないか?」
「まさか!あいつは古くからの同志だぞ」
「だが、この状況でいなくなったというのはどうにもおかしい。あやつが裏切り者ではなかったのか!」
「穆、言葉を慎め!」
蘇律は陳公露が裏切ったことを認めたくなかった。計画の瓦解が旧知の人物から始まったことをなんとしても認めたくなかった。認めてしまうと義挙とした決起した自分達の行いが薄汚れたものになってしまう気がした。
「だが、このままでは我らが決起したことがまるで意味をなさなくなる!」
「そうだ!まずは裏切者の陳公露を見つけて処刑すべし!」
「陳公露の首を見るまでは死にきれん!」
蘇穆だけではなく他の同志からも陳公露を追及する声があがった。蘇律はそれらを押さえ、まとめることができなかった。そうなる前に夜を迎え、蘇律達全員が討ち取られて屍を晒すことになった。




