凶星の宴~32~
譜申が暴徒鎮圧に向けての準備を進める中、暴徒達は張旬の塾に集結していた。
「どうして露見したのだ!」
彼らの議題は今後どうするかではなく、自分達の計画が呉頗に露見していたことへの究明だった。蘇穆は声を張り上げながら陳公露に詰め寄っていた。蘇穆は計画立案者である陳公露を疑っていた。
「私に訊かれても困る。私も先生のいる牢獄で待ち伏せを受けていたんだぞ」
陳公露は心外だと言わんばかりに反論した。陳公露によれば、張旬が囚われている牢獄の前には普段ならいないような人数の兵士が守りを固めており、とても近づけなかったという。
「それで牢獄に侵入もせずにおめおもめと帰ってきたのか!」
「何を!貴様らこそ!」
「やめろ!二人とも!」
堪らず蘇律が怒鳴った。蘇穆と陳公露はばつが悪そうに黙った。
「俺達が争ってどうする。今は心を一つにして困難に当たるのが筋であろう」
つい数日前までは計画が成功すると信じて疑っていなかったのに、この凋落は何であろう。仲間の中に裏切者がいたからなのか。そうであるならば成功することを信じていた自分達があまりにも滑稽だった。だから蘇律は計画が破綻したことを口外したくなかった。
「しかし……兄上……」
「まもなく俺達を鎮圧するために軍隊が押し寄せてくるぞ。ここで内輪もめをしている場合ではない。それほどまで犯人探しをしたいのなら、生きてここから脱出できた時だ。公露もそれでいいだろう」
蘇律は陳公露にも言い聞かせた。蘇穆はふんと言いながらも頷き、陳公露は承知したと言った。
「状況を整理しよう。すでにこの塾は遠巻きに囲まれている。しかし、すぐに攻めてこようとはしていない。こっちの出方を待っているのか。それとも援軍を要請しているのか」
現在、塾を取り囲んでいるのは呉頗の屋敷を警備していた兵士達だった。おそらくは呉頗の私兵と思われる。呉頗としては私兵を損じることをしたくないのだろう。
「蘇律。もしここを囲んでいるのが呉頗の私兵ならば、まだ私闘ということになる。だが、近衛兵団が出てくれば私達は単なる暴漢の類となってしまう。今のうちに血路を開いて脱出すれば、地方に雌伏して捲土重来を待つこともできる」
陳公露は対面に拘った。今ここで呉頗の私兵と戦ったとしても私闘になる。しかし、近衛兵団が来れば、蘇律達は国家に反逆した逆賊となってしまう。それを避けるためにも今のうちに脱出すべきだと主張したのだ。
「馬鹿なことを言うな。それでは先生はどうなる?先生を失うことこそ大義を失うことになるぞ。先生を救い出せぬのなら、一層の事ここで籠って一戦し、我らの正義を極国中に喧伝すべきではないか?」
蘇穆がすぐさま反論した。これに対して陳公露が睨みつける。他の塾生達ははらはらした表情で議論の行方を見守っていた。
「よさぬか。今は我らの同心が一番肝要だと申したはずだ」
蘇律はそう言いつつも、自身の中で二人を黙らせる妙案がなかった。そこへ見張りをしていた兵士が駆け込んできた。市井にいる協力者がある情報をもたらしてきたのだ。
「近衛兵団の派兵が決まった。その大将を務めるのが譜申様らしい」
この情報は少ながらず蘇律達に希望の光をもたらした。蘇穆などはさきほどの怒りを忘れ、顔をほころばせていた。
「譜申様といえば太子の傳役だった方。剛直の人と聞くが、太子と龍公の公孫姫の婚姻をまとめあげたのだ。太子に心寄せているのは間違いない。きっと我らの味方になってくれる」
蘇穆は手を打った喜びを顕にした。陳公露の表情にも先程までの厳しさがなかった。
「あまり楽観するな。譜申様は確かに太子のために働かんとしておられるが、同時に呉江とも誼があると聞く。近衛がでてきたということは、単に我らの意見を聞きに来たというわけではないだろう」
と言いつつも、蘇律もわずかに希望の芽が出てきたと思った。譜申相手に訴えれば、少なくとも自分達が過激な行動に走ったことについて弁明ができ、寛大な処分となるのではないか。
「ひとまず譜申様なら我らの話を聞いてくれよう。私が使者として行こうか?」
陳公露の提案に、蘇律は首を振った。
「俺が行く。お前達は万が一に備えてくれ」
譜申ならば弁明にきた人物を拘束、あるいはその場で殺すこともないだろう。
「では、急ごう。護衛として何人か人をつけるか?」
この陳公露の提案にも蘇律は頷かなかった。
「俺一人の方がいい。複数人でいけば警戒されるだけだ」
蘇律自身が一番楽観していることにまだ気が付いていなかった。




