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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
885/963

凶星の宴~31~

 「断固として鎮圧すべきです。一切の同情をしてはなりません」

 譜申は即答をした。呉豊だけではなく、白如正達も顔を強張らせた。

 「譜申。騒ぎを起こしたとはいえ、在野で太子を応援してくれる貴重な者達ではないか。なんとかして穏便に収めるべきではないのか?」

 この場で最年長である陳以が呉豊達を代弁するように言った。陳里は現在の呉豊の傳役である。人がいいだけで太子の傍にあって適切な助言ができるような人物ではないと目されている。

 「陳以殿。この際は同情論など無用です。極欲で騒擾を起こした以上、武力をもって徹底的に鎮圧すべきなのです。それが太子を慕う者であってもやらねばなりません。太子は極国の為政者となるのであれば尚の事、秩序に乗っ取って無法者に裁きを与えねばならないのです」

 「しかし……」

 呉豊は反論しかけたが、言葉が続かなかった。譜申の正論を認めつつも、正義派をなんとか助けてやりたいという思いが見て取れた。

 『太子のお気持ちも分るが……』

 譜申とて非情の人ではない。呉豊の気持ちは手に取るように分かった。太子という身にありながら国主になれるかどうか分からない状況が続く最中、在野の正義派は自分のことを支持してくれていた勢力である。呉豊にとって心の支えになっていたことは間違いなく、彼らを殺したくないという思いは人として当然であるかもしれなかった。

 『それでもやらねばならんのだ』

 為政者というものは時として残酷でなければならない。それは天下の名君として知られた者でもそうだった。

 「太子、あえて諫言させていただきます。太子が国主となられるのであれば、情よりも理をひとまず優先しなければなりません。たとえ親しい隣人であったとしても盗賊であれば捕まえねばならず、国家の功臣であったとしても方に反するれば処罰しなければなりません。それが国家というものです。善とすべきことは、なにも親しみだけではありません。名君とされた泉公樹弘も伯国を併呑することで国家の安定と繁栄させました」

 「分かった!もういい!」

 呉豊が声を荒げた。怒りを含んだ眼を譜申に向けた。

 「譜申。お前は俺に鬼になれというのか?」

 「左様です。ですが、太子はご命令されるだけでいいです。討伐自身は私が行います」

 呉豊達が息を飲むのが分かった。

 「譜申……憎悪を一人でかぶる気か?」

 「左様な格好をつけるつもりはありませんが、そうせねばならないでしょう」

 譜申は呉豊に傍にいる白如正、陳以、烏仁をそれぞれ見渡した。この中で最も気骨があるのは白如正であろう。だが、まだ若い白如正に汚れ仕事を任せるわけにはいかなかった。

 「嫌な仕事だぞ」

 「承知しております」

 分かった、と言った呉豊はすぐさま朝堂に戻り、譜申に張旬の塾に籠る過激派の鎮圧を命じた。


 譜申が暴徒と化した塾生達を鎮圧するために役職を与えられた。国都治安維持部隊隊長という名前で、普段は存在しない臨時職だった。権限は暴徒を鎮圧するための行動についてのみ全権を与えられ、近衛兵団を指揮することができた。

 『都合がいい』

 本来、近衛兵団は国主直属の軍隊なのだが、現在の極国には国主がいないので、摂政である呉江が代行している。そのため譜申がこれを動かすことは制度上無理だったのだが、呉江がこれを許したのだった。これでわざわざ各地の兵を集める必要がなくなり、早期に鎮圧ができる。

 それだけではない。田解を含め近衛兵団には正義派の人間が何人か存在する。彼らが鎮圧に動くことで、暴徒の仲間であるという疑いの目を逸らすことができる。譜申は早速に近衛兵団に出動を命じた。

 「田解。お前には先陣を務めてもらう。お前にとっては辛い役目からもしれんが、こうなってしまっては仕方あるまい」

 譜申は先陣を任命するにあたり、田解を呼び寄せた。勿論、彼が正義派の一人であると知ったうえで、譜申が意図するところを理解してもらう必要があった。

 「理屈では分かります。私は決して彼らの過激思想に同調するものではありませんでした。今回の暴挙を許すつもりもありません。しかし、殺すには忍びない……」

 「人としては当然であろう。だが、お前がこの先も正義派でいたいのなら私情を捨てろ」

 「私に鬼になれと言われるのか?」

 太子にも同じことを言われた、と譜申は苦笑した。誰しも鬼にはなりたくないものなのだ。

 「鬼になれと言うのならばそうだ。主義主張をもってそれを完遂したいのならば、時として非情のことをせねばならない。その覚悟がないのなら今すぐ近衛をやめて正義派から脱盟しろ」

 我ながら厳しいことを言っている。譜申はそう思うことがまだ自分が鬼になり切れていないのだなと自覚した。

 「承知しました。先陣を務めます」

 わずかな間をおいて田解が了承した。譜申はすぐに行くぞ、と席を立った。


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