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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
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凶星の宴~26~

 突然の出来事だった。極欲の郊外にある張旬の私塾が官警によって襲われた。

 「全員の身柄を押さえろ!」

 官警を指揮するのは呉頗だった。呉頗は警察機構と関係のない役職についている。しかし、呉江の息子であるということを笠に着て、強引に官警を動かした挙句、自らが指揮に乗り出してきたのである。これだけでも今の極国が呉江派によって牛耳られているかが理解できるだろう。

 張旬の私塾ではちょうど授業の最中だった。張旬の他に二十名程度の生徒がおり、熱弁する張旬の言葉に誰しもが傾聴していたので、呉頗が率いる集団にまるで気が付いていなかった。

 一網打尽だったと言っていい。呉頗はその場にいた全員を拘束することに成功した。

 「何の咎あっての拘禁だ!」

 光が差し込んでこない地下牢に投げ込まれた張旬は、したり顔の呉頗に噛みつかんばかりに声を荒げた。

 「国家の使節団を襲っただろう。お前が指示をした」

 「馬鹿な。証拠でもあるのか?」

 「ない。が、首を取ったほとんどがお前の塾の出身者だ。これが偶然か?」

 「ふん、知らんな。これでも門下生は百人近くいる。中にはそういう跳ね返りもいるだろう」

 いずれこのような追及がくる。想定していた張旬は、心を鬼にして彼らを切り捨てた。

 「白を切るか。ま、いい。お前の口を割ろうなんて思わん。あくまでもお前はだしだ」

 「どういう意味だ?」

 「塾生共は解放した。お前が捕まっていることを言いふらすだろう。そうなるとどうなるだろうな?」

 張旬は察した。呉頗の狙いが自分ではなく、自分達正義派の壊滅にあることを。

 「貴様!そこまでして権力が欲しいか!」

 「何とでも言え。正道か邪道か知らんが、空論だけで政治を語る奴らに何を言われても私が気にしない。虫けらが何を吠えても人語にはならんからな」

 呉頗は笑いながら去っていった。張旬は唇を噛み締めながら地面を激しく叩いた。


 張旬が囚われた事実は正義派を刺激した。

 「今すぐ先生を助け出すんだ!先生なくして我ら正義派は成り立たぬ!すぐにでも官警の牢獄を襲い、その勢いで呉頗を血祭りにするのだ」

 早速に例の酒場に塾生達が集まり、怪気炎をあげた。

 「待て待て!それこそ呉頗の思う壺だぞ。今騒動を起こせば、張旬だけではなく太子諸共にやられるぞ」

 田解は必死になって彼らを制止した。

 「弱腰ぞ!田解!その弱腰こそが呉頗如き者を蔓延らせたのだと先生も言っていたではないか!」

 机を叩き反駁したのは張旬の一番弟子を自認している蘇律。彼もまた張旬と一緒に捕まったが、即日釈放されていた。

 「とにかく落ち着け!太子と龍公の公孫姫との婚姻がまとまり、実施されようとしている。この時機に極沃で騒擾が起これば太子に不利益となろう。最悪、婚姻が破約されるかもしれん。そうなれば我らが望んでいた政治を正道に戻すという理念が崩れてしまう。今は堪忍の時だ」

 「それよ!お前はいつも口を開けば落ち着けだの軽挙を控えよと言う。その結果が呉江の跳梁であり、今回のような弾圧に繋がったのだ。貴様、よもや呉江の間者ではあるまいな!」

 「何だと!」

 蘇律の挑発的な言葉に流石の田解もかっとした。思わず殴り掛かろうとしたが、肩を掴まれた。

 「落ち着くのはお前もだ。田解」

 田解を制止したのは徐三祥という男だった。田解と同じく近衛兵団に所属しており、剣の腕では極国一といわれていた。

 「蘇律も落ち着け。塾生全員が暴徒になれば張旬殿も危うくなるぞ。そのような道理が分からぬお前ではあるまい」

 徐三祥に諭されて蘇律は大人しくなった。その気配が察した田解も振り上げそうになった拳を自制することができた。

 「三祥の言うとおりだ。こういう時こそ我らは心を一致させねばならん」

 「分かった。先の発言は取り消そう。しかし、このまま何もせぬでは、呉頗はますます挑発してくるぞ。そうなると俺でも塾生を抑えきれんかもしれない」

 蘇律の言葉にも一理あった。このまま静観していれば、呉江と呉頗はさらに正義派を挑発するようなことをしてくるだろう。その前に何か手を打たねばならなかった。

 「尤もだ。同志の鳴々が譜乙様の屋敷で奉公している。譜乙様は探索方に務めておられる。そこから情報を得て、なんとかして張旬殿を救えるか模索してみる」

 それは田解にとって蘇律達を一時的にでも納得させるための方便でしかなかった。実際に鳴々が譜乙から情報を聞き出せるかどうか。あるいは譜乙自身、今回のことにどれほど関与しているか。すべてが不鮮明な状態だった。



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