凶星の宴~25~
酒場を出ると空が白み始めていた。今日は休みであるとはいえ、酒場に入り浸りすぎたかもしれない。
「田解、顔色が悪いわよ」
酒場の外で一人の女が待っていた。
「鳴々か……。いや、飲みすぎたし、声を張り上げ過ぎた」
女は正義派の同志である鳴々だった。田解が重要人物と見込んでいる譜申の息子で譜乙の下に送り込み、動向を探らせていた。
「大事な時なのは分かっていて?無茶して貴女が倒れたら、過激な連中を押さえられなくなる」
「分かっている。だからこそ、張旬を黙らせるために声を出したんだ。それで、何か用か?」
「譜申様が御館の要職に就くかもしれない」
譜乙から譜申の情報も入ってくる。今や譜申は極国の行方を担う重要な要因となっていた。
田解としては譜申に呉江と呉豊の対立に介入して欲しくなかった。譜天の息子であり、自らも直諌の臣として名を馳せている譜申を呉豊はどうやら煙たく思っているようで遠ざけた。呉豊の酔態を偽りであると信じていた田解としては、呉豊の考えを支援するためにも譜申を極沃に入れたくはなかった。だから田解は二度に渡って譜申に忠告をしたのだが、譜申は田解に香辛料を投げつけた挙句に極沃に出入りするようになってしまった。
だが、譜申のおかげで呉豊に良い風が吹き始めている。呉豊と龍公の公孫姫である青久の婚姻が決まった。これにより呉豊が国主になることはほぼ間違いないだろう。それらをお膳立てしたのはすべて譜申だった。
「譜申様が要職に就かれるのは喜ばしいことだ。しかし、それが摂政の要望によるものだとすれば、少し意味が変わる。何を考えて摂政は政敵になるかもしれない譜申を御館に招き入れたのだ」
田解と鳴々は並びながら歩き出した。人通りはないが、自然と小声になった。
「分からない。乙様にそれとなしに聞いてみましたが、父上の気持ちが分からぬと申しておりました」
「譜申様自ら獅子身中の虫となってくれるというのなら太子もやり易かろう。しかし、呉江に取り込まれるという可能性もある」
あるいは譜申という臣を制御しようとしているのかもしれない。
「譜申様は極沃ではどこで生活されるのか?」
「まだ正式に受けたわけではないから決めていないみたい。おそらくは乙様の屋敷から通われるはずだけど……」
「そうさせろ。譜申様を通じても情報を得られる」
鳴々が無言で小さく頷いた。
「それと使節団を襲った過激派連中への詮議が厳しくなっている。どこまで調査が進んでいるかも調べて欲しい。譜乙様が探索方におられるはずだ」
「……勿論」
鳴々はそれだけ言って、二人は大通りに出る前に別れた。
呉江の息子、呉頗は焦り始めていた。
このままでは呉豊が国主となってしまう。そうなれば呉頗に国主のお鉢が回ってくる機会が失われてしまう。
『なんとしても父上には国主になってもらわねば……』
ついこの間までは順調に事が進んでいた。手順さえ間違わなければ呉江が国主となるのはほぼ確実だった。それが譜申によって覆された。今となっては呉豊への憎しみよりも譜申に対する恨みの方が強くなっていた。
『譜申を殺すか』
呉頗はそのつもりだった。だが、呉江は譜申を寧ろ取り込むつもりでいる。呉頗からすれば実に迂遠なことに思えたが、父がそのつもりでいるのならしばらくは手を出さない方がいいだろう。
「譜申の前に過激派の連中を一網打尽にしておきたい」
呉豊を推戴する過激派は、呉頗達からすれば厄介な存在だった。明確な指導者がいるわけではなく、明確な活動をしているわけではなかった。そのくせ世論を形成するほど大きな影響力を持ち、時として実力を行使してくる。そして何よりも厄介なのは、構成している人員を把握していないことだった。
だが、ここのきてやや事情が変わってきた。春玄が正使として龍国に向かった使節団が何者かに襲撃された。その襲撃した連中が過激派だったのだ。襲撃は失敗に終わり、何人かの過激派を斬り殺すことができた。その遺体をもとに素性を調べさせたところ、色々なことが判明した。
「ほとんど者が商人や工人の息子でしたが、中には元武人という者もおりました」
部下の報告を受けた当初、随分とばらばらな出自なのだと思っていたが、共通項もあった。
「何だ?この張旬の私塾とは?」
調べ上げた人員の中に張旬なる男が主催している私塾に通っている者が何人もいた。
「極沃の郊外で塾を開いております。歴史や古典を教えている塾のようですが、あまり政治的なことはやっていないと聞いていますが……」
「隠れ蓑かもしれんぞ、徹底的に調べろ」
呉頗が命令を下し、ちょうど結果があがってきたのがつい最近のことだった。
「表向きは普通の私塾のようですが、密かに政治的な発言を行い、議論をしているようです。今の極国の政治は邪道であり、呉豊が太子になってこそ正道に戻るという主張をしております」
部下の報告を聞いてこれだと呉頗は直感した。過激派は直接呉豊とは関係していない。しかし、呉豊派を揺さぶるには使えそうだった。




