凶星の宴~24~
太子呉豊が御館に入り婚礼準備を進めていた。この時機譜申は呉江から御館に残って要職につくことを打診されていた。
「非才の身であり、長年に渡り御館から遠ざかっておりました。今回は留守役ということでお引き受けしましたが、基本的には国家の要職に付くには相応しくない人間だと思っております。それに若い者達が政治をみる時代になってきているのだと感じております」
譜申は固辞した。呉豊の酔態が呉江達を欺くものだと知った譜申は、もはや何も心配いらぬと思っていた。これ以上、呉豊のために心労し、行動を起こす必要はないと判断していた。
「若い時代か……。確かにそうかもしれんが、だからこそ老兵も必要になると思うのだがな」
呉江も老兵の一人であろう。いや、譜申以上に老兵のはずである。しかし、政治から身を引くつもりは毛頭ないのだろう。
「摂政様。我が国の始祖と建国の元勲はいずれも若くしてことを成し得ました。若い者達だけでも十分に国家運営の任に堪えられると思いますが……」
「青いな、譜申。建国の元勲達は才人ばかりだった。呉延様、呉忠様は主君としての魅力にあふれ、魏靖朗様は賢人というに相応しい宰相だった。お前の養父である譜天将軍は政戦両略の天才というべき御仁であり、石宇徳、烏慶の両将軍は一騎当千の勇将だった。私を含め、それほどの才人が今の我が国にいるか?」
おるまいよ、と呉江は即答した。確かに一人一人の名前をあげられると、その一人にも及ぶ者がいるかと言われれば、譜申は自分も含めていないと言わざるを得なかった。
「まぁ、要職につくことは考えておいて欲しい。この先どうなるにしろ、お前の才能が必要となってくる時が来るだろう」
譜申は呉江の予言めいた言葉に少し不気味さを感じた。
不穏の種子は極沃で萌芽しつつあった。
太子呉豊が御館に入ったことは、正義派―呉江側からすれば過激派の者達を喜ばせた。
「これで太子が国主となられる。そうなれば呉江共が一掃されていよいよ極国に正義が実現するぞ」
「そうなると許せんのは呉頗よ。あいつは俺達の仲間の首を刎ねたし、今も逃げ帰ってきた同志をやっきになって捜しているらしい」
正義派の者達が集まるのは極沃の盛り場の中でも片隅にある鄙びた酒場だった。そこの主自身も正義派に名を連ねているので、ここが拠点のようになっていることが外に漏れることがなかった。
「いずれ呉頗達も血祭りになろうよ」
「いやいや、いくら太子であっても簡単には呉江達に手を出せんだろう」
彼らは酒が入ると喧々諤々と議論を始める。その中には春玄を正使とした龍国への使節団を襲った者達もいた。
「待ってはおられんぞ!太子が国主になるよりも先に我らに手を出してくるかもしれん。その前にあの親子をやってしまって、太子のお慈悲に縋るべきではないか」
太子呉豊がいずれ国主となる。そのことが彼らの気を大きくさせていた。何をしてもそれが呉豊のためであると訴えれば、許されるという錯覚を抱くようになっていた。
『これは危険だ……』
正義派の中にそのような錯覚を抱き始めている人間がいることに危惧している者もいた。田解といった。極国軍の近衛兵団の部隊長の一人だった。
「落ち着かれよ。まだ太子が国主となったわけではない。逆に太子が国主になるか阻止されるかの瀬戸際なのだ。諸君、今は自重すべき時ではないか」
田解は声を張り上げて主張した。
「何を言うか、田解!お前達武人がまごまごしているから魁て散った同志達が首を刎ねられ、晒されたのだぞ。この屈辱を忘れろというのか!」
反論がすぐ飛んできた。
「暴論を言うな!」
田解は負けじと声を荒げた。田解を擁護する声があがったかと思うと、激しく反駁する声もあがり、一気に騒がしくなった。
正義派の特徴として頭目がいないことだった。この酒場に呉江に対する不平不満をぶちまける者達が集うことで自然と形成された集団なので、誰かが音頭を取って出来上がった集団ではなかった。
そのため常に議論だけが過熱し、時として派閥争いが起き、その派閥が無茶な行動を起こすのだった。使節団を襲ったのも過激派の中でも最過激派と目される者達だった。
「暴論ではない。そもそも国家の正義を正すのが武人であろう。その武人が行動を起こさなかったから我ら草莽の志士が立ったのだぞ」
過激な発言を繰り返している男は張旬といった。公人ではない。所謂知識人といわれる階層の男で、極沃の郊外で私塾を開いていた。
張旬は事あるごとに武人が決起して呉江を誅殺しろなどと過激なことを言って扇動をしてくる。それを押さえているのが田解だった。
「ともかくも軽挙はよしてくれ。今は我らにとって大切な時なのだ。今は静かに太子のご即位を待たれよ」
田解は声を張り上げて自制を求めた。張旬は不服そうな顔をしながらも何も言わなかった。




