凶星の宴~22~
龍国丞相袁垂は半年の間に二回も極国の使者を迎えることに辟易していた。
本来であるならば先の会談で自分の娘を龍国に送り込むことができたのだが、譜申とかいう男の弁舌をもってそれが覆された。しかも、今度は極国の太子である呉豊が、龍国の太子青張と直接会談することになってしまった。
『ご心配なさるな。次には私が随員として参ります。それに太子の乱行は相変わらずの事。それを目にすれば青張太子もご息女を我が太子にやることを躊躇い、やめられるでしょう』
事前に気脈を通じている呉江が書状を寄こしてきた。一読した袁垂は呉江を信頼しながらも、一方でどこまで頼りにしていいのかと疑問も持っていた。
「今回の会談の結果次第では呉江と縁を切った方がいいかもな」
袁垂は実弟である袁省に渡した。謀がある時は必ずこの弟に相談をしていた。
「ですが、他に利用できる者もおりますまい」
袁省は一瞥しただけで書状を兄に返した。
「確かにそうだ。あの野心の塊のような脂ぎった男などそういないからな」
「問題なのは婚姻がどうなるかです。我が太子はご息女を嫁がせる用意があると申しております。もし、そうなれば兄上の計画を修正しなければなりません」
太子である青張は自分の末の娘である青久を妃にしてもいいと言っている。これがまとまれば今後、呉江が極国に対して影響力を及ぼすことができなくなる。
「ひとまずは破談になることを祈ろう。相手の太子の乱行は我が国にも聞こえている。青張様も聞こえ知っておるだろう。そのうえで呉豊に会えば、考えが変わるかもしれん」
「龍国の使節団がそろそろ開奉に到着します。一足先に私が太子の様子を見てまいりましょう。そのうえで対策を立てられたらよろしいかと」
弟の申し出に袁垂は無言で頷いた。
袁省はすぐに出発し、一週間ほどで帰ってきた。
どうであった、と袁垂が聞く前に、袁省は興奮気味に語り始めた。
「兄上、あの太子は相当の阿呆ですぞ」
袁省が語るには呉豊は相当の風変わりで、相当の奇人だった。身なりは庶民ですら着ないであろう粗衣を身に纏い、頭髪は整えておらずぼさぼさ。そのような格好で開奉に到着してから連日酒場に出入りしているらしい。
「あれが貴人ならば、龍頭を歩いている書生も立派な貴人ですぞ」
そう語る袁省は実に愉快そうだった。それほど呉豊の姿が滑稽だったのか。はたまた呉豊が期待したとおりの阿呆だったことが嬉しいのか。ともかくも呉豊という男はまさに聞いていたとおりの男であるらしい。
「呉江には会ったのか?」
「秘密裏に。摂政曰く、何が嬉しいのか太子はいつもより浮かれていると」
「浮かれているか……」
龍国の姫をもらえれば箔も付くであろうし、国主の座も確約されるとでも思っているのだろうか。
「そうはいくものか。どちらにしろ我らが太子は潔癖なお方だからな。呉豊の姿を見ればすぐに考えを改めるだろう」
袁垂は高を括っていた。今回は譜申のような男もいない。随員である呉江は味方である。前回のように土壇場で覆されることもないだろう。
「では、太子が断るとなると、ついでに呉豊は廃嫡させるところまで持って行けますかね?」
「それは無理だろう。さっきも言ったが太子は潔癖なお方だ。呉豊が阿呆であっても、次期極国の国主として主上が認められているのだ。我らからそれを覆すことをよしとはしないだろう」
袁垂は寧ろ呉豊が国主になってから、その座から追い落とす方がよいのではないかと思い始めていた。龍国としては呉豊が国主になることを容認したものの、国主になってからのことは何ら取り決めがない。そのことを利用すべきであろう。
「急ぐ出ないぞ、省。こういうことは腰を据えてじっくりと成すべきものだ。呉江を見ろ。あの老人は明かに焦っている。焦っているからこそ、上手くいかぬのだ」
呉江には悪いが、老人特有の焦りを笑いたくなった。呉豊が龍頭の門前に現れるのが袁垂は待ち遠しかった。
呉豊が到着する日となった。袁垂は龍頭の門前で一行を待ち受けた。
「こういうこともこれが最後にして欲しいものですな」
隣で袁省が愚痴をこぼした。全く同感だと袁垂が思っていると、極国の馬車が見えてきた。
「来ましたな」
次第に馬車が大きくなってくる。やがて呉豊が乗っていると思われる馬車が袁垂達の前に止まった。
『どんな阿呆が降りてくるか』
袁垂が心待ちにしていると、馬車の扉が開いた。見目がさわやかな青年が馬車から降りてきた。
「これは袁丞相、出迎えご苦労様です。極国太子の呉豊です」
呉豊は丁寧な動作で挨拶をした。呉豊は黒の礼服に身に着け、髪も綺麗に整えられていた。袁省から聞いた風体と随分とかけ離れていた。袁省は口を大きく開けて驚き愕然としていた。
「いかがなされましたか、袁丞相」
「い、いや。呉豊様にお目にかかれて光栄でございます」
袁省は身をかがめて挨拶に応じる一方で、呉豊の背後にいる呉江を睨みつけた。視線に気が付いた呉江は渋い顔をしていた。この急変を呉江自身も知らなかったのだろう。
「ご案内いたします。こちらへ」
「よしなに」
と言って歩き出す呉豊の顔にどこか勝ち誇ったものがあるような気がした。袁垂はわずかに下唇を噛んだ。




