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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
875/963

凶星の宴~21~

 譜申と鳴々は器や杯をもって厨へと向かった。夜はすっかりと深くなっており、しんとした空気の中に虫の音と二人の足音が響いた。

 「いつからなのだ?」

 「はい?」

 「乙に近づき、私の動向を探ろうと思ったのはいつ頃からなのかと聞いているんだ」

 譜申は立ち止まって振り向いた。鳴々が先程までの喜色を消していた。

 「大旦那様……何を仰っているのか……」

 「隠さなくてもいい。お前は私を襲った三人組の一人だろう?姿は隠していても声でわかるさ」

 鳴々は観念したように目を閉じた。

 「少し誤解があります。私がここにいるのは申様の動向を探るためではなく、乙様の動向を探るためです」

 「なるほど。確かにそうだ。ついこの間までは私は単なる無役だったからな」

 「ですが、乙様の傍に入れば申様のことも分かるという気ではいました。お二人は太子にとっては無くてはならない方ですから」

 「乙はそういう政争の外にいると思っていたのだがな」

 「だからこそ、乙様に味方になっていただければと我々は思っています」

 「身勝手な言い草だな。お前達が太子を推戴したい気持ちは分かる。私もそうであるし、乙もそうであろう。しかし、お前達の過激な行動は容認できぬな。私を襲ったり、使節団を襲撃したりするのはやりすぎという段階を超えている。太子にとっても良き結果になりかねんぞ」

 譜申は自分でも怖い顔をしていると感じていた。正義派は自分達の主義思想に夢中で、自分達の言動がどのような影響を呉豊に与えるかまで考えていない。こういう連中が太子の足を引っ張っていくのだ。

 「使節団の襲撃は必ずしも正義派の総意ではありません」

 「正義派の中にも派閥があるのか?随分と大きな組織だな」

 譜申は嫌味のつもりで言った。そういうわけではありませんが、と鳴々は消えそうな声で応じた。

 「しかし、襲撃した者達の首が晒されたことについては皆憤っております」

 「それはやむを得ないだろう。気に入らぬからと言って国家の使節団を襲ったのだからな」

 鳴々は黙り込んでしまった。使節団襲撃については自分達に非があるという自覚は持っているのだろう。

 「お前達の組織については興味はない。だが、これ以上過激な行動は止めるように言っておけ」

 「私は所詮、末端の人間です。譜申様に素性がばれたとなれば叱責されて、ここを出ていかなければならないだけです」

 「それは困るな。急にお前が辞めたら、乙が不審がるぞ」

 不審がるだけではなく、落胆するだろう。鳴々がどう思っているか知る由もないが、譜乙は間違いなく鳴々に惚れていた。

 「辞める必要はないし、お前の素性を乙に言うつもりはない。今のままでいい」

 「譜申様……それは流石に……」

 「その方がいい。お前が正義派の末端にいるのならば、変に事を荒立てる方が危険だ。私としても動きやすい」

 乙の面倒を見てやってくれ、と譜申は言って歩き出した。鳴々がわずかに吐息を漏らしているのが聞こえた。

 

 御館に出仕するようになった譜申は呉江から留守中の事項について口頭で伝達された。

 「何も難しいことはない。細々としたことは官吏が行うであろう。お前はそれを管理し、監視してくれればいい」

 呉江と会うのは龍国から帰ってきた時以来だ。その時は春玄が儀礼的な報告をするだけで、直接呉江と話をすることはなかった。

 『摂政の腹の内が分からん』

 呉江の計画を打ち砕いたのは他ならぬ譜申である。その報復があるものかと用心していたのだが、それどころか呉江は逆に留守を任せようとしている。何か意図でもあるのかと邪推したくなるほど呉江の行動は不可思議であり不気味だった。

 「不思議そうな顔をしているな。それほど留守役に抜擢されたことが不思議か?」

 呉江が見透かしたように言った。

 「いえ、そういうわけでは……」

 「私は自分の思い通りにならなかったからといって根に持つような男ではないぞ。見くびってもらっては困る」

 「……恐縮です」

 「今回のことでお前のことを見直したのだ。だからこそ留守を任せることにした。これでも人の能力は客観的に見ているつもりだ」

 呉江のその言葉に偽りはないように思えた。

 「だが、自説を曲げるつもりがないのも私だ」

 呉江が譜申の肩を叩いた。それが宣戦布告のなのか、釘を刺しただけなのか。譜申はまだ呉江という男を掴めずにいた。


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