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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
874/963

凶星の宴~20~

 数日後、呉豊の姿は御館にあった。新たに婚姻をまとめる使節団として呉豊自身が行くことになった。その打ち合わせのためだった。

 「この度は太子自ら龍国に赴き、婚姻話をおまとめください。すべては太子の良きようになさってください」

 当然ながら呉豊が上座。呉江は下座より呉豊に言上していた。

 「承知した。これも摂政の尽力のおかげだな」

 呉豊が胡坐をかき、瓢箪の栓を抜いて口をつけた。中には酒が入っていることだろう。酒の匂いが下座まで漂って来た。

 『こやつ、これで使節として龍国に行くのか……』

 呉江は呆れた。久しぶりに対面する呉豊は、市井の人々が切る様な粗衣を纏い、貴公子然としていなかった。傍から見れば単なる酔漢でしかなかった。

 『この様子では話はうまくまとまらんだろうな』

 呉豊の酔態は擬態ではなかったらしい。性根からの阿呆なのだろう。呉江はやや安堵する思いだった。

 「つきましては随員として私も行きたいと思っておりますが、それでよろしいでしょうか?」

 こうなれば呉豊の醜態を龍頭で晒し、それをもってして一気に呉豊の廃嫡を龍公に訴えようと呉江は作戦を新たにした。

 「構わんさ。摂政は袁丞相と昵懇と聞く。何かとやりやすいだろう」

 皮肉のつもりで言ったのだろうか。呉豊の目は少し笑っていた。

 「承知致しました。極沃の留守は譜申に任せようと思っております」

 呉江ができることといえば、呉豊と譜申を極力引き離すことだった。呉豊が酔態のまま龍国に向っても、譜申が同行しておれば諫言をし、無理にでも態度を改めさせるだろう。

 「まだ国権は摂政のもとにある。よきように」

 これもまた専横している呉江への皮肉だろうか。呉江はぐっと奥歯を噛み締めながら平静を装った。


 太子と摂政が国を空ける。それ自体にやや異常さを感じているのに、自分が留守を任されるなど思いもよらぬことだった。

 「譜申様のご活躍、先の龍国との会談で誰もが知るところです。太子も摂政様も感心されており、譜申様なら安心して留守中の極欲を任せられると申しております」

 使者はそのように言った。呉江だけではなく呉豊も認めているなると断ることができなかった。譜申は重い腰を上げて極沃に向かった。

 「ということで、しばらく厄介になるが、構わんかな」

 長期にわたって極欲に滞在することになった譜申は譜乙の屋敷に寝泊まりすることにした。

 「勿論ゆるりとなさってください。しかし、まさか父上が留守を任せられるとは……」

 「私も驚いているよ」

 「しかし、父上が龍国で為さったことを思えば当然かもしれません」

 「目立ってしまっただけだ」

 「いやいや、喜ばしいことです。今宵は祝宴と参りましょう。用意させます」

 「大げさだな」

 譜申はそう言いながらも、息子の気遣いが嬉しかった。

 親子だけのささやかな祝宴となった。いつもならば乾物などの簡単な酒の肴しか出てこなかったが、祝宴と聞いた鳴々が腕によりをかけて料理を用意してくれた。

 「鳴々。お前もここで飲んで食べていくがいい」

 宴が中頃になって譜申は居間と厨を行き来していた鳴々に声をかけた。鳴々は突然の申し出に困惑した様子で、譜乙に視線を転じた。

 「構わないよ、鳴々。父上がそう仰っているんだ。無礼講といこう」

 いい感じで酔いが回ってきた譜乙も同調した。鳴々は嬉しそうにほほ笑みながら親子の間に座った。三人は他愛もない話をしながら、気の向くままに食べて飲んで時間を過ごした。

 「まったく、だらしないな。これしきの酒量で潰れるとは……」

 どれほどの時間が過ぎただろうか。気分よく飲み食いしていた譜乙は完全に酔いが回り、その場で倒れ寝息を立てていた。

 「それほど大旦那様のご活躍が嬉しかったのでしょう」

 鳴々が愛おし気に譜乙を見つめていた。やはり単なる下女ではないのだろう。

 「乙を介抱してやってくれ。私は片づけをする」

 譜乙は手際よく器を集めて重ねていく。

 「大旦那様、私がやりますのでお休みください」

 「遠慮するな。やもめ暮らしが長いから手慣れている」

 「しかし……」

 「では、手伝ってもらおうか。ひとまず器を厨に運ぼう」

 「はい」

 鳴々は譜乙と一緒に立ち上がった。

 


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