凶星の宴~19~
今回の会談の概要は誰がどのようににして流布したか分からなかったが、すぐに極沃中に知れ渡り、話題となった。
「流石は譜申よ」
多くの人が正論をもって会談をまとめた譜申のことを褒め称えた。
「直諫の臣である譜申様の本領発揮よ。正論をもって邪道を正された」
極沃にいる知識人などは呉江らによって呉豊の妃が決められることを邪と捉え、それを正そうとした譜申を手放しに称賛した。ただでさえ龍国との対等の関係が崩れかけている今、その原因を呉江達の専横にあると考える者達もおり、譜申の成したことはそれをも正すものだった。もともと高かった譜申の人気がますます上昇していった。
一方で臍を噛む者達もいた。呉江達であった。
「春玄!お前がいながら何という体たらくだ。譜申、ひとりにしてやられるとは!」
御館の一室で春玄を叱責したのは呉江ではない。その息子の呉頗だった。彼は父が国主になれば自分も次に国主になれると信じていた。
「申し訳ございません」
あの場で一言も言い返せなかったので、春玄としては詫びるしかなかった。
「よせ、頗よ。今更春玄を叱責したところでどうにもならん」
と言いながらも、呉江も苦り切った顔をしていた。
「ですが、父上。これで呉豊の妃は龍公の娘あるいは縁者となりましょう。我らが思い描いていた脚本通りにはなりませんぞ」
呉江達の企みでは縁続きの袁垂の娘を太子呉豊の妃とすることで仮に呉豊が国主になったとしても制御できるというものであった。
「それだけではない。龍公の娘が妃としてくる以上、予定通りに太子を国主にせねばならなくなった。しかも、すみやかに太子を御館に招き、国家の代表として龍国にやらねばならなくなった」
「重ね重ね、申し訳ございません。私の不手際のため……」
「お前を責めるつもりはない。譜申を副使にすることを認めたのは私なのだからな。落ち度があるとするなら私だ」
「父上……太子が龍公の娘を娶れば、龍国の言いなりになると断じたのは父上です。今からでも遅くありません。こうなっては強硬手段ですが、呉豊を亡き者にするしか……」
「馬鹿を言うな。今ここで太子が亡くなれば、我らが手を下したと言っているようなものだぞ」
呉江はやや侮蔑を含めた視線を息子に向けた。呉頗は少しばつが悪そうに俯いた。
「江様。譜申はいかがしましょう。今回のことで名声を得ました。このままでは我らの敵となりましょう」
譜申こそ亡き者にすべきです、と声を荒げる呉頗に呉江は無言で冷徹な眼差しを送った。
「やはり油断ならぬ男よ、譜申は。手元に置いておいた方がよいな」
「父上!」
「頗よ。よく覚えておくがいい。譜申のような輩は野に放つと奔馬のようになる。逆に手元において制御すべきなのだ」
実際に今回の使節団に加えてたことで譜申が奔馬であることが分った。春玄では制御できぬのであれば、呉江自身が手元において制御するしかなかった。
「それは太子も同様ですな」
「そうだ。やむを得ないが、太子をお呼びしろ。今後のことを話さねばならんからな」
承知しました、という春玄の隣で、呉頗は不快そうに口を曲げていた。
呉江達が切歯扼腕しているのとは対照的に、呉豊達は手を打って喜んでいた。
「流石は譜申殿です。よくぞやってくれました」
白如正が喜色満面で譜申を褒めた。流恋の一室、呉豊がいつも陣取っている部屋には彼の腹心達が集まっていた。白如正に、烏仁。そして現在の傳役である陳以。いずれも呉豊が信頼している者達だった。
「これで無事に龍公のご息女を妃として迎えることができれば、摂政とて呉豊様を国主になられることを認めねばならないでしょう」
三人の中で一番年長なのは陳以。傳役ではあったが、譜申のように諫言するような臣ではなかった。
「そう簡単であるまい。まずは龍公に俺が太子として相応しいと認めさねばならん」
「龍公は先代の遺言で太子が国主にならんことを認めておられますが……」
疑問を呈したのは陳以。白如正と同年代で、友人関係にあった。
「そのような約束事が従順に履行されるのなら呉江の奴がのさぼることもなかったさ」
「左様です。これは絶好の好機です。新たに龍国との話し合いで太子が招かれます。ここで太子が話をまとめることができれば、名実ともに太子こそが国主に相応しいと誰しもが認めるでしょう。ですが過ちを犯せば、ここぞとばかりに摂政は太子のことを批判することでしょう」
「如正の言うとおりだな。見ているがいいさ。俺を見くびってきた連中を驚かせてやる」
譜申が道を開いてくれた。これからは呉豊がその道を切り開いて進むだけだった。




