凶星の宴~17~
翌朝。極国の使節団は龍公に目通りした。
「これなる者達は極国の使節にございます。極国太子呉豊殿の妃をどなたにするかについて話し合うために参りました」
丞相の袁垂が説明をするが、玉座に座る龍公青備は何ら反応を示さなかった。
龍公青備はまさしく老齢だった。痩せた皺だらけの顔に精気はなく、両目は閉じられたままだった。話を聞いているのか眠っているのか判然とせず、ただ玉座に座らされているというだけだった。
『あれが英主といわれた青籍の息子か……』
譜申がそうであるように、英雄の息子というのは何かと評価と批判の対象になるものだった。英雄の息子がそのまま英雄となれるわけではなく、優秀であるとも限らないのだ。風聞で聞く限り、青備は昔から英主の息子に相応しいだけの才覚と実績があるわけではなかった。だからといって暗愚というわけでもなく、家臣団の言いなりになる凡庸な君主だった。昨日の范程の話を考えれば、青備が年を取ったことにより家臣団の専横がさらに激しくなったのだろう。
「主上!」
袁垂が声を張り上げた。青備がびくっと体を震わせた。眠っていたようである。
「ああ、何であったかな?」
「極国の使節団です。極国太子の婚姻について話に参りました」
袁垂が先程と比べて手短に説明した。青備が揺れるように何度か頷いた。
「左様か……よしなに」
青備はそれだけ言うと、また眠たくなったのか。目を閉じてしまった。それで龍公との対面は終了となった。
その後、両国の代表者達による会談が始まった。会談の日程は二日。会談を主導するのは春玄と袁垂であり、終始この二人が話をしている状態だった。
『我が国にも袁丞相の娘を呉豊様の妃にすることに反対している者がおります。例えば……』
昨晩、范程から袁垂に対抗している龍国閣僚達の名前を聞いていた。しかし、今日の代表団の中にはその者達の名前はなかった。あえて外したのだろう。
『これは馬鹿げた茶番だ』
春玄と袁垂からすれば、両国の代表者が会談をしたという実績が欲しいのだろう。どうしたものかと思案しているうつに一日目の会談が終了した。夜になると范程が会談の様子を聞くために訪ねてきた。
「そうですか。やはり反対派の皆さんは排除されていましたか」
范程が言うには、これまでの話し合いでは反対派と目される者達も加わり、反対意見を堂々と主張していたらしい。
「もはや既定路線として会談が進んでいます」
「私も気になって色々と調べましたが、反対派の中には春玄から金銭をもらい、会談に出ないことを了承した者もいるようです。彼らの工作は随分と進んでいます」
「そうでしょうな」
「どうしたものでしょうか。これでは完全な手詰まり……」
「いや、まだ手はあります」
譜申は自信あり気に言った。
「ほう……」
「上手くいくか分かりませんが、私にお任せください」
起死回生の一手を打てるのは、もはや譜申しかいなかった。
二日目の会談が始まった。やはり袁垂と春玄が中心になって話が進んだ。呉豊の妃には袁垂の娘を、ということで話がまとまりつつあり、婚姻に向けての日取りなどについて雑談を交えながら決めていると、袁垂が話の矛先を譜申に向けた。
「譜申殿。今まであまりお話になられておりませんが、何かございましたら仰ってください」
袁垂としては戯れのつもりであったろう。だが、譜申はこの時をじっと待っていた。
「摂政呉江様が私を副使に任命されたのは正使である春玄様を助けるためでした。しかし、春玄様は見事に正使としての任務を全うされました。私などが口を差し挟む必要などありませんでした」
譜申が言うと、春玄は満足そうに頷いていた。
「左様でしょうな」
「しかし、ただ一点、春玄様そして袁垂様も失念されていることがございます」
「ほう。それは聞き捨てなりませんな。譜申殿の御高説を賜りたい」
袁垂はまだ余裕あり気だった。
「この場に両家の代表者がおらぬことです」
場が緊張し、凍り付いた。先程まで口角を緩めていた春玄が無表情になっていた。譜申は躊躇うことなく話を続けた。




