凶星の宴~16~
「あ、貴方は……」
「突然の訪問を失礼いたします。私、式部卿次官をしております范程と申します」
男―范程は丁重に自己紹介をしてきた。式部次官ということは高官である。
「はぁ。何か御用ですか?」
「是非ともあの譜天将軍のご子息にお話をお伺いしたいと思いまして……」
范程はやや周囲を気にするように視線を動かしている。これは単に養父である譜天の英雄譚を聞きに来ただけではないのかもしれない。
「どうぞ」
来訪を拒む理由はなかった。譜申はひとまず部屋に招き入れた。
部屋に入ってきた范程はやはり警戒するように部屋を見渡した。譜申以外に人はいるのかいないのか確認しているようだった。
「安心してください。私以外におりませんよ」
「左様でございますか。それは安心しました」
譜申は范程に席を薦めた。范程が恐縮した様子で席に座った。
「それで、范程殿。そのご様子では、私の父についての話を聞きに来たというわけではないでしょう。御用があるならば、率直に申してください」
「いや……これは失礼しました。流石は譜申殿。気付かれていましたか」
范程は居住まいを正した。
「今回の使節団の中に譜申殿のお名前を発見した時より、この時を待っておりました。かつては呉豊太子の傳役を務め、時として諫言を辞さないその言動は、伝聞で聞いておりました」
「范程殿。今の私は無役です。たまたま今回、副使として選ばれたましたが、私はそのような大層な人間では……」
「いえ、私には分かっております。譜申殿は決して呉江に与せずにいるということを」
譜申ははっと気が付いた。范程という男は丞相の袁垂の与党ではなく、寧ろしているのではないか。龍国首脳部にも今回の婚姻問題について一枚岩ではないということなのだろうか。
「そのようなこと……。私は摂政様より副使を仰せつかったのですよ」
「だからと言って呉江の派閥であるとは限らないのではないですか?貴方の剛直さを考えれば、太子呉豊に極国の実権を譲渡しようとしない呉江を許すとは思えないのです」
いかがですか、と范程は斬り込んできた。若いわりに鋭さを持ち合わせているようだ。
「そこまで仰るということは、范程殿は呉豊様の娶嫁については反対なのですか?」
譜申も率直に斬り込むことにした。范程の明敏さを思えば、遁辞を弄したところですぐに確信を突いてくることだろう。
「娶嫁そのものに反対しているわけではありません。呉豊太子が丞相の娘を娶ることを反対しているのです」
「要するに袁丞相と我が国の摂政が結びつくのを快く思っていないということですか?」
譜申の言葉に范程は何度も頷いた。
「誤解しないでいただきたいのですが、決して私は貴国の摂政に悪意があるわけではありません。ただ、丞相の娘が貴国の太子の妃となれば、丞相はますます権勢を伸張させます。それを許すわけにはいかないと考えています」
「確かにそうです。同時に太子の妃に袁丞相の娘と決まれば、我が摂政も権勢を拡大させましょう」
呉江と袁垂の結びつきはもはや公然となっている。譜申や范程でなくとも同じことを考えただろう。
「丞相は主上が老齢であることをいいことに専横しております。それに追従する者もおりますが、正そうとする者もいるのです」
龍国も一筋縄ではないらしい。極国と同じような党派争いが存在していた。
「范程殿は正す者、ということですか?」
「左様です。譜申殿もまた貴国の専横者を許すつもりはないと見受けますが……」
いかがでありましょう、と范程は言った。はぐらかすことはできまい、と譜申は思った。はぐらかすことは、明け透けなく語ってくれた范程に対して失礼になるだろう。
「私は太子が国主となることを望んでいるだけです。それが極国にとって最も良きことであると考えています。そのためにはやはり龍公のご息女こそ太子の妃に相応しいと思っております」
「やはり貴方は見込んだ通りの方だ。所属する国家こそ違いますが、利害は一致しております。ぜひ協同させてください」
范程は間違いなく誠心溢れる人だった。彼の申し出に嘘偽りはないだろう。譜申としても断る理由がなかった。協力してくれる同胞は欲しいと思っていたところでもあった。
「こちらからもお願いします。私は龍国には不案内なので、心細いと感じていたところです」
「おお、それはありがたい!」
范程が手を差し出してきた。譜申は迷わずにその手を握り返した。范程という味方は孤軍の中にあった譜申には本当にありがたい存在となった。




