凶星の宴~14~
譜申と春玄は襲撃現場に到着した。すでに多くの兵士が引き上げている最中、襲撃してきた賊の死体が並べられていた。賊と兵士達の斬り合いは相当激しかったらしく、どの賊の死体も五体満足なものがなく、足や手が欠損しているものも珍しくなかった。
「ふむ。譜申殿、どう思われる?」
死体の列を前にして春玄は問うてきた。
「どう、とは?」
「賊なのか、過激派か、ということです」
春玄に言われ、譜申はじっと死体を見渡した。彼らはいずれも粗衣を纏っており、鎧などは着ていない。一見すれば単なる盗賊のようではあった。
「賊のようには見えますが、武器は賊が使うような鈍らではありません。それに本当に賊ならば、死を期してまで斬り合うことはありません。襲撃が露見したと分かれば斬り合わず逃げるはずです」
「流石は譜申殿です。見事な着眼。私もそう思います。こやつらは賊を装った過激派でありましょう」
「過激派ですか……」
呉江派の人間は正義派のことを過激派と呼んでいた。譜申もここではそれに倣うことにした。
「ま、捕らえた者を尋問すれば分ることです」
そこへ先程報告に来たのとは別の兵士がやってきた。
「春玄様、申し訳ございません。捕らえた賊が舌を噛みました」
「二人ともか?」
はい、と兵士が答えると、春玄は舌打ちをした。
「でも、これではっきりとした。こやつらは過激派だ。全て首を斬り、極沃に送れ」
春玄の非情な命令を耳にしながら、死んだ賊の中に極沃で自分を襲って来た頭巾三人も含まれているのだろうかと譜申は気になっていた。
その後、譜申はわずかばかり眠りについただけですぐに起こされた。やや眠気が残り中、使節団は出発した。途中、春玄の宣言通り、飛竜の槍が突き刺さった場所に到着した。その場所は極国と龍国の和平条約が調印された場所でもあり、両国の国境線の基準を示す場所でもあった。
両国にとって記念すべき場所なのだが、地面に刺さった飛竜の槍を除けば、和平条約が調印されたことを顕彰する碑と、国境の基準線となる石造の線が埋め込まれているだけだった。
「かつての龍公は両国が対等に付き合うべしということで神器をここに突き刺したと言います。理想的な理念ですが、その理念は今となっては崩れてしまいました」
譜申と並んで飛竜の槍に一礼する春玄は恨み言のように言った。
「崩してしまったのは我らの責任でしょうか?それとも龍国の責任でしょうか?」
今回は譜申から質問をした。いつも自分を試すような質問ばかりされていたので、趣意返しをしてみたくなった。
「両方でしょうな。槍を突き刺した龍公―青籍様がいらっしゃった頃は龍国も極国に対して居丈高に振舞うことはなかった。それは我らも同じだ。建国の功臣達が亡くなると卑屈になった」
卑屈というのは違うような気もするが、言いたいことは譜申にも分った。建国の功臣達を亡くし、極国の首脳部は自信を失って弱気になったのだ。同時に龍国の者達は青籍の意思を忘れ、傲慢になったのだった。
「今後、時が経てば我ら極国はますます龍国の風下に立ってしまいます。そうなる前に力強い国主を生み出さなければならない。そうは思いませんか?譜申殿」
春玄がかなり踏み込んできた。暗に呉豊が国主では不安であり、呉江こそ国主に相応しいと言いたいのだろう。
「国主だけではありますまい。我ら家臣が一致して主上をお助けすればよいのです。それで強き国家が生まれましょう」
過去を顧みよ、と譜申は言いたかった。呉延、呉忠ともに英邁な君主であったことを確かだ。しかし、その周りに譜天や魏靖郎、烏慶のような有能な家臣団がいたからこそ龍国から独立することができ、龍国と対等な条約を締結することができたのだ。その史実をもう一度思い出してみるべきだと譜申は思っていた。
「それもそうです。譜申殿はいかなる国主が立たれたとしても、それをお支え申し上げると?」
「もし必要とされるのであれば。それは極国の臣としては当然のことです」
「良き心がけです」
「されど、その主上とは呉豊様であるべきです」
「ほう……」
「豊様が次期国主とならんことは先代の遺言にあり、龍公のお墨付きを得ているものです。それを変えることはできません。変更することは不実、不義というものです。国家の面目が失われてしまいます」
譜申としてはその点を譲るつもりはなかった。春玄は何も答えず、いきましょうかとだけ言った。




