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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
864/963

凶星の宴~10~

 「父上、来るならば来ると書状でも出していただければ……」

 夜になり譜乙が帰ってきた。

 「急な要件があってな。それよりも下女を雇ったのだな」

 「……ええ」

 譜乙が顔を赤くして何事か言いよどんだ。

 「急な要件というのは龍国への使節の件ですか?」

 「そうだ。もう話題になっているのか?」

 「当たり前ですよ。御館ではあの譜申が復帰するのかと大騒ぎですよ。しかも、摂政殿の手先になって……」

 「手先というのは穏当ではないな。別に私は摂政に与するつもりはない。あくまでも極国の副使として行くのだ」

 世間はそうはとりませんよ、と譜乙が譜申の前に座った。そこへ鳴々が酒と肴をもって現れた。譜申に愛想を振りまきながら一度酌をすると去っていった。

 「どういう素性の女なんだ?」

 「行きつけの酒屋で働いておりました。色々と素性を聞いてみると、身寄りがなかったということなので雇いました。ちょうど掃除や炊事を下女が欲しいと思っておりましたので……」

 譜乙は顔を赤らめた。おそらくは酒屋で働いていたというのは嘘であろう。妓楼で見初めて、囲むつもりで下女としたというところが真実であろう。

 「女に入れ込むのもほどほどにな」

 「私のことよりも父上のことです。一体、どういうつもりで副使となったのですか?」

 「お前だから言うが、これを機に摂政の腹を探りたいと思っている」

 息子には本心を話そうと譜申は思った。

 「摂政殿の腹……ですか?」

 「うむ。巷間で囁かれているように摂政が太子を廃して自分が国主になろうとしているのか。その真偽を確かめてみたい」

 「父上。申し上げるまでもないことですが、摂政殿はすでに十八歳となった太子を朝堂の列に加えず、側近を自己の親族や家臣で固めています。これを専横と言わずして何と言うのです?仮に太子を国主に据えたとしても専横を続けるのは目に見えています。袁氏の娘を太子の妃として迎えようとしているのはその布石です。袁氏の娘は摂政殿の……」

 「説明されなくても分かっている。だからこそ私として摂政の真意を知りたいのだ」

 「真意、ですか?」

 「私は太子の傳役を務めてきた。だから太子への愛情を変わらん。太子が国主になるべきなのだ。だが、社稷の安定を願うのも極国の臣としては当然のことだと思わんか?もし、太子が国主となり、摂政がそのまま政治をみること極国が安定し、龍国に対してもかつてのような対等な関係に戻れるのならそれでいいと思っている」

 「父上!あまりそのようなことを言われない方がいいと思います。ここは安全でしょうが、そのような言説を正義派の連中が聞けば、父上は殺されますぞ」

 「私が殺されたところで何も変わらんよ」

 譜申は笑って酒を飲んだ。正義派という連中がどれほどいるか知らないが、あの頭巾三人衆なら命を奪うような真似はしないだろう。

 「父上にお考えがあるようなのでこれ以上は何も申しませんが、くれぐれもお気を付けください」 

 「分かっているさ。お前も気をつけることだ。無役の私と違うのだから、いらぬ政争に巻き込まれるなよ」

 「承知しております。私は父上ほど放胆ではありませんから」

 「言いよるわ」

 譜申としては普通に宮仕えしている譜乙には官吏としてまっとうな生活を送って欲しかった。そしてそれを承知しているだろう譜乙に逞しさを感じた。


 その晩、譜申はそのまま譜乙の屋敷に泊まることにした。

 譜乙は明日も務めがあるので早々に寝てしまった。どうにも寝付けない譜申は縁側で一人酒を飲んでいた。

 「申様、まだ起きていらっしゃいましたか?」

 振り向くと鳴々が瓶を両手にして立っていた。

 「まだ起きていたのか?」

 「寝ようとしたのですが、申様が起きていらっしゃるのが見えましたので……」

 「気を遣わせたな。もう休んでくれていい」

 勝手に飲むと言うと、鳴々が近くに座った。時折、しなをつくる動作は素人の女とは思えなかった。

 「おひとつだけ」

 鳴々が瓶を差し出した。譜申は杯を差し出してこれを受けた。

 「私は構わんが、乙が見ると嫉妬するぞ」

 「乙様はそういう人ではありませんわ」

 譜乙が嫉妬するような男ではないと言いたいのか。それとも譜乙とは嫉妬されるような仲ではないと言いたいのか。どっちの意味か聞いてみたかったが辞めた。譜申は鳴々を見ずに、夜空を見上げた。

 「何を見ていらっしゃるのですか?」

 「星だ。時々思うのだ。私の宿星はどれなのだろうかと。あの明滅する星々の中に私の運命を宿した星があるのだとしたらどれなのだろうな。あるいはすでに光を失っているのかもしれないが……くだらぬことを言ったな。忘れてくれ」

 「いえ……。運命なんて誰にも分らぬものですから」

 鳴々もずっと夜空を見上げていた。この女にも人生があり、将来に対する希望や不安があるのだろう。譜乙に囲われて幸せかと問いたくなったが、それも辞めた。あまりにも野暮であると思えてきた。

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