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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
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凶星の宴~8~

 極国は岐路に立たされていた。

 極国という国家は呉延という不世出の英傑が出現することで勃興した。龍国から離反するようにして建国された極国は龍国と争うことを宿命づけられていた。その戦いの最中、呉延は若くして亡くなる。

 呉延の跡を継いだ呉忠もまた龍国との戦争を続けていったが、龍国に青籍という英主が出現することにより和睦。両国の間に平和が訪れた。その呉延の子が呉甲であり、さらにその子が呉豊となる。

 和睦後、両国は対等で良好な関係が続いていたが、和睦を実現させた時代の人々が相次いで亡くなると、その関係は次第に崩れていった。

 関係が崩れ始めたのは十八年前まで遡る。極国の国主であった呉甲が亡くなったことに端を発する。呉甲にはなかなか男児が生まれず、四十歳を過ぎた時に流石に危機感を覚え、末弟である呉江を呼び出し、

 「もし私に死ぬまで子が出来なかった時はお前が国主となれ」

 と言い含めていた。その一年後に呉豊が生まれたのである。

 初めての男児が生まれ喜んだのもつかぬ間、呉甲が病になったのである。病のほどは重く、生まれたばかりの呉豊の行く末を心配した呉甲は呉江を筆頭した家臣達を呼び集めて遺言をした。

 「私は長くはあるまい。社稷については諸君がいるから心配ないが、我が子豊の行く末だけが心配だ。そこで私が亡くなった暁は豊をすぐに即位させず、江が国主代理として国政をみよ。そして豊が二十歳となった時に正式に国主に据えよ」

 呉甲がどうしてこのような遺言を残したのか判然としない。当時においても家臣達は首をかしげていた。だが、問題なのはこの遺言を龍国にも提出していることだった。

 「私の遺言は龍公に伝えてある。そして遺言がちゃんと履行させることを龍公にお願いした。諸君達も我が遺言を滞りなく履行してくれることを願う」

 病床の呉甲は気が付いていなかったかもしれないが、この遺言は極国の後継者問題に龍国が関わることを極国の国主自体が認めたことになる。家臣達は口を揃えて龍国が関与することを否定するように求めたが、呉甲は頑として首を縦に振らず、そのまま帰らぬ人になった。

 「亡き極公の意思はしかと龍公の耳に達した。極国の皆様におかれましては先主の遺言を堅守されるように。龍国としてもしっかりと見届けさせてもらいますぞ」

 呉甲の大葬が行われた時、龍国の弔問使は居丈高に言った。以来、龍国はなにかと極国に干渉してくるようになった。

 両国の関係にさらなる変化が訪れたのは十年前。漁業権にまつわる紛争が発生した時だった。半島にある龍国と極国は共に漁業が主要産業のひとつだった。漁場の線引きを定めることはなかったが、双方が互いの漁場を侵すこともなく、両国の漁師が争うようなこともなかった。しかし、十年前に発生した天候不順のために漁獲高を激減した時があった。この事態に対し、極国側の漁師が龍国の漁場に侵入し、魚を乱獲するという事件が起こった。当然ながら龍国側の漁師は抗議した。

 「何を怒ることがある。別に漁場について決められていたわけではない」

 極国の漁師の代表者は抗議にきた龍国の漁師達にそう言い放ったという。その言葉が発火点となり両国の漁師達が衝突し、死傷者を出す事態となった。当然、この事件は両国の首脳部に持ち込まれた。

 「両国の信頼感によって不文律に定められていた漁場を一方的に侵したのは極国の方ではないか。そちらが信頼関係を壊しておいて何を話し合うことがある」

 龍国側はのっけから高圧的だった。極国側も非が自分達にあるので下手に出るしかなく、極国側が賠償する形になった。それから何かと極国は龍国の風下に立つこと多くなった。当然ながらこれを面白く思わない極国人などいなかった。

 その筆頭が呉江であったと言っていい。彼は極国が龍国に対して風下に立つような状況になったのも正式な国主が不在であると考えていた。

 『私が国主であったならこのようなことにはならなかったのに……』

 所詮、国主代理では軽んじられる、それが呉江の結論だった。この時期ぐらいから呉江は露骨に自分が国主であらんとばかりの言動を始め、御館を我が物顔で使用するようになった。

 しかし、呉甲の遺言がある以上、呉江が国主になることはできなかった。少なくとも呉甲の遺言が龍公によって保証されているので、これを覆すには龍公を説得せねばならなかった。もし、呉江が勝手に国主を名乗れば、龍国は間違いなくその非を喧伝して攻めてくるだろう。そうなれば今の極国は勝てないであろうし、天下の同情を買うこともできなかった。呉江ができることは、時間をかけて龍国首脳部を言説と金銭をもって味方に引き入れるしかなかった。

 幸いにして呉江の義妹が龍国の丞相家に嫁いでいて縁続きになっている。政治工作はやり易かった。それでも龍国首脳部の意見は定まっていなかった。

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