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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
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凶星の宴~6~

 流恋の前で呆然としていた譜申は、諦めきれずしばらくその場で立ち尽くしていた。やがて周囲は譜申の存在など忘れたように動き出す。

 『太子……』

 ここでじっと立ち塞がっていれば、いずれ反省した呉豊が出てくる。どこかでそう信じていたが、呉豊は一向に姿を見せず、譜申はついに諦めて流恋に背を向けて歩き出した。

 「私は何をしに来たのだ……」

 辛い現実を突きつけられただけではないか。自分に会えば呉豊は悔い改めてくれると淡く期待していたのだが、それは驕りでしかなかった。譜申は自分が情けなくなった。

 畦の女将のところに戻って一晩痛飲するか。それとも譜乙の家で休もうか。意識を散漫させながら迷っていると、何者かに腕を引かれた。

 「しまった!」

 完全に油断していた譜申は裏路地に引き込まれた。どさっとうつ伏せに倒されると、何者かによって組み伏せられた。身動きが取れないほどの力である。

 「極沃には近づくなと申し上げたはずです」

 譜申の前に男がしゃがみ込んだ。黒い頭巾を被っているので顔は見えない。しかし、声には聞き覚えがあった。

 「あの時の刺客か?私の香辛料はどうだった?」

 しばらく目を開けられませんでしたよ、と男はいう。譜申に対する慇懃さを失っていないということは、命を取るつもりはないらしい。

 「手荒な真似はしたくありません。このままお帰りください」

 女の声だった。黒頭巾の後に紫頭巾から発せられていた。

 「それほど私が邪魔なら殺せばいいではないか」

 「我々は無益な血を流したくありません。とりわけ太子に縁がある方なら……」

 黒頭巾の男がよせと言った。失言と察したのか、紫頭巾の女はあっと短く漏らした。

 「そうか。お前達は正義派か……」

 正義派とは呉豊を指示している若者達の党派組織である。

 「どうして私を極沃から追い出そうとしている?太子を推すのであれば、私の存在は有益だと思うぞ。これでも元傳役だからな」

 「だからこそです。今の太子がどのようにお考えで、あのような乱行に及んでいるか知りませんが、太子が馘首された以上、今の貴方は太子にとって邪魔な存在です」

 紫頭巾の女が言う。この女はどういう立場の女性なのだろうか。

 「それに江派の連中も動き出しています。奴らが太子と結びつくのを恐れて貴方を始末する可能性もあります。貴方のためでもあるのです」

 譜申を組み伏せている男が言った。野太い声だ。

 「なるほどな。理解はした。だからいい加減に解放してくれ」

 黒頭巾の男が頷くと体が急に軽くなった。組み伏せていた男がどいてくれたようだ。譜申は服に着いた土を払いながら立ち上がった。

 「ご無礼のほど、お許しください」

 組み伏せていた男が正面に回って丁寧に詫びた。こちらは濃い茶色の頭巾をかぶっていた。体躯はかなりいい。武人だろうか。

 「そう思うのなら名前ぐらい教えてもらいたいのだが、無理なのだろうな」

 「お許しください」

 「私は無役だ。気の迷いで太子を説得しようと思ったが、無理であることは分った。それだけでも収穫というものだ。諦めて帰るよ」

 紫頭巾の女が安堵するようなため息を漏らした。

 「最後のひとつだけ聞く。まさか我が息子がお前達の仲間だなんてことはないよな?」

 「それならば譜乙様を通じて貴方の極沃行を阻止しましたよ」

 黒頭巾が言った。その通りだろう。とんだ杞憂だった。

 「それはそうだな。いらぬことを聞いた」

 「譜乙様は最終的に混乱を鎮められる方です。それまでは埒外にいていただきたいのです」

 紫頭巾がいう。その声色にはどこか親し気なものを感じた。

 『この女は譜乙に近い場所にいるのか……』

 これ以上詮索しても何も答えないだろう。譜申は三人に背を向けた。

 「約束だ。お前達の邪魔をするつもりはない。しかし、お前達が正義正義と言っていることが必ずしもこの国にとって不正義になるかもしれん。その時は容赦するつもりはないからな」

 「不正義だと!太子が国主がなられることは不正義というか!」

 突っかかってきたのは黒頭巾だった。掴みかからんばかりの勢いなのを茶色頭巾が肩を掴んで制止した。

 「太子が国主になること自体は不正義ではない。私もそれを望んでいる。だが、そのために国に混乱が起こるのであればそれは不正義だ」

 譜申の根底にあるのは極国の安泰である。その信念に揺るぎがないからこそ、呉豊にはしっかりとしてもらわねばならなかった。頭巾の三人達は何も言い返せず、立ち去る譜申を黙って見送るだけだった。

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