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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~6~

 伯国が成立したのは義王朝四三九年のことである。

 建国したのは伯起という人物で、元々は泉国の臣であった。才覚豊かで人望もあり、最終的には丞相にも上りつめた。ついには国主ですら伯起を憚るようになり、その権威を恐れた延臣達は口を揃えて、

 『丞相の功績は泉国の有史にないほど大きく、その功績に報いるには封土をお与えになるしかないと思われます』

 と進言した。当時の泉公も伯起を恐れるあまりこれを認めた。伯起は臣下として莫大な領土を手に入れ、それが現在の伯国の原型となった。

 当初は広大な領土の主となった伯起は、泉国の臣として振舞っていたが、数年後にはその職を辞し、自らの封土に引きこもるようになった。それからであった。伯起は徴収した租税を納めなくなり、泉国との境界に関所を設けるようになった。これは明らかに泉国から独立を企図してのものだった。

 流石に泉公は赫怒した。伯起に阿っていた延臣達も事態の大きさに気がつき使者を派遣したのだが、伯起はこれを追い返してしまった。ここに両者の決裂は決定的になった。

 泉公はすぐさま軍を派遣した。泉公も延臣も高をくくっていた。いくら伯起が臣下にあるまじき封土を得たとはいえ、国力差は圧倒的である。大軍を持って襲えば大勝すると信じて疑っていなかった。

 しかし、伯起は寡兵ながらも泉国の大軍を野戦において討ち破ったのである。その勢いをもって伯起は一気に泉春まで攻め上った。泉公と延臣達が震撼したのは言うまでもなかった。

 伯起がある意味で賢明であったのは、ここで泉公に取って代わろうとしないことであった。もし、泉公に取って代われば、反逆の汚名を被ることになり、隣国の干渉を受けかねないところであった。

 『これ以上、我が伯に手出しせぬと誓っていただければ、それで結構』

 伯起はそのように泉公に迫ったのである。もはやどちらが主従か分からぬ状態であったが、泉公は涙ながら誓約書を書かされたという。これで形式的には伯国は泉国公認の国家となってしまったわけであり、これが泉国にとっては最大の屈辱となった。

 以来、歴代泉公は度々伯国への征旅を行ったが、一度として成功したことがなく、百年近い年月が流れてしまった。


 伯国への怨念は、謂わば泉国の延臣達が持ち合わせている共有財産のようなものであった。しかしそれは、景家のような代々泉公に仕えてきた特権階級に限られていた。景朱麗は伯国との一件を閣僚に図ってそのことを思い知らされた。

 彼らは口を揃えて賛意を示しながらも、樹弘の裁可を得られるのは難しいだろうという認識を示した。

 「我らが主は市井からお出になられました。おそらくは我らほど伯に対する憎悪はないでありましょう。ましてや内乱終結から日が浅く、争うことを嫌う主上が素直にお認めにはならないでしょう」

 甲元亀の主張は尤もであり、景朱麗は黙り込むしかなかった。

 「丞相、急がれますな。主上はまだ為政者として慣れておられません。そんな時に国家の重大事を行うのは得策でありますまい」

 そう主張したのは備峰であった。かつては相宗如の家臣であったが、その厳格な性格を買われ、司法を担う刑部卿に就任していた。甲元亀と同年代のため、二人と合わせて閣僚の長老格であった。

 「しかし、情報によればつい先頃、伯公が急死し、後継が決まっていないと言います。好機ではないでしょうか?それに伯の民情はよくありません。このまま放置しておけば、伯の難民が泉国に押し寄せることも考えられます。これは我が国にとっても、伯の民衆にとってもよいことでありません」

 決して景朱麗は百年にわたる復讐者ではなかった。伯国は後継者も決まらず治世も決して良くない。伯国の民衆のことを考えても、早々に伯国を併呑すべきだと考えていた。

 「それも道理か……。やはり主上の裁可を仰がねばなりますまい。それで、誰が主上の上奏するかだが……」

 甲元亀が言葉を濁した。このことを主上に上奏するのは決してよい役目ではない。

 「私がしましょう」

 言い出した手前、その役目を引き受けるのは景朱麗しかいなかった。

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