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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
857/963

凶星の宴~3~

 譜申にとっては久しぶりの極沃だった。

 「二年、いや三年ぶりか……」

 思い出せぬほどに久しぶりだった。しかし、かつての極沃の光景はしっかりと目に焼き付いている。その頃と目に見えて変わったところがなかったので、譜申はひとまず安心した。

 「乙は狐狸の巣と言っていたが、平穏そのものではないか」

 商店の軒下には多くの商品が並び、行き交う人達は笑顔で冷かしていく。大きな辻には曲芸師が何かしらの演目を披露し、人々から歓声を受けていた。まさに譜申の知る極沃の日常だった。

 「さて、どうしたものか」

 極沃には三日ほど滞在するつもりだった。宿は譜乙の家と決めていたが、まだ昼過ぎなので譜乙は仕事から帰っていないだろう。それまで暇をつぶさねばならなかった。

 あてのないままうろうろとしていると、極沃きっての歓楽街近くを通りかかった。性分として昼間から酒を飲むというのはどうにも気が引けたが、他に暇をつぶす術が見つからなかったので、軽くのどを潤すことにした。

 譜申が暖簾をくぐったのは馴染みにしていた店だった。暖簾には『畦』という店の屋号が染め抜かれている。中には客がおらず、女将や一人所在なげに佇んでいた。

 「暇そうだな」

 譜申が声をかけると、女将は驚きの顔を向けた。入ってきたのが譜申であると知ると、人懐っこい笑顔になった。

 「あら、申さん。久しぶりじゃない」

 何年ぶりかしらと女将が言ったので、三年ぶりかねと適当に応じた。

 「変わってねえな、ここは」

 「内装なんてそうそう変えるもんじゃないよ。どうしたのさ、三年も不義理しておいて」

 「妻の墓参りさ」

 「三年ぶりに?それこそ不義理だね」

 罰当たりだよ、と女将がなじった。何も言い返せなかった譜申は女将の前に座った。注文せずとも譜申がいつも飲んでいた酒が出された。

 「店の景気はどうだ?」

 「おかげさまでね。昼間はご覧の通り閑古鳥だけど、夜はそこそこ儲けさせてもらっているよ」

 「そうか。それはよかった」

 現在の極国は国主不在である。それなのに政治も経済も滞っていないというのは、ある意味で喜ばしいことなのかもしれないが、同時に太子である呉豊が国主にならなくてもいいのではないかという空気感を醸成してしまう惧れがあった。

 「すべては摂政殿のおかげかな」

 「そうさね。摂政殿のことを良く言う人はいても悪く言う人はいないよ」

 女将もまた自分で杯を用意して酒を注いで美味そうに飲み干した。

 「太子はどうだ?」

 「申さん、気になるんだね。傳役を辞めさせられても、太子はかわいいもんだね」

 単に酒を飲みに来たわけではない。女将はすべてを察した上で付き合ってくれていた。

 「それはそうだ。私にとっては自分の子供以上に養育したつもりだからな」

 それじゃ乙君が可哀そうだよ、と女将が言った。

 「私の息子と太子ではわけが違う」

 「違わないよ。ま、申さんは昔からそういうたちの男だね」

 女将は瓶を手にしたが、空になっているのに気が付き、奥から別の瓶を持ってきた。

 「太子の評判は二分しているね。悪く言う人もいるけど、ここら界隈では評判いいよ。何しろ金に糸目をつけず遊んでくれるからね」

 「そういう評判か……」

 譜申はやや失望した。

 「世間様がどうか知らないけど、この生業をしている私らからすれば本当にありがたいんだよ」

 「太子はここにも来られるのか?」

 「来るもんか。こんなうらぶれた店にさ」

 自分で言ってたら仕様がないな、と譜申が笑うと、女将も笑った。

 「太子はどこで遊んでいるんだ?」

 「流恋という妓楼だよ」

 流恋は極沃でも有名な妓楼である。値段も相当するはずだ。

 「そうか。邪魔したな、また来る」

 譜申は懐から小銭を出して机に置いた。

 「もう行くのかい?つれないね」

 「また来るって言っただろ」

 まだこの時はまだ不明確であったが、事と次第によっては度々極沃に来ることになるだろうという予感が譜申にはあった。

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