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七国春秋  作者: 弥生遼
凶星の宴
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凶星の宴~2~

 一か月後、譜申は極沃に足を向けていた。

 譜申は現在、温という人口百人にも満たない小さな邑に住んでいる。極沃までは三日の行程。一人で気楽な旅をするにはちょうどよかった。

 「妻の墓参りもあるからな」

 数年前に妻に先立たれてから月命日の展墓をかかしていなかったが、温に移ってからはその役目を譜乙に任せきりだった。その反省もあり、譜申は極沃に行く気になった。

 「今の極沃は敵も味方も分らぬ狐狸の巣です。父上が来られるとなれば面白く思わぬ者もおりましょう。途中までお迎えに参りましょうか?」

 譜乙が気遣っていってくれたが、譜申は苦笑しながら断った。

 「たとえそうだとしても命を取られることはあるまい」

 極沃の緊張状態を知らない譜申は命のやり取りまではあるまいと高を括っていた。しかし、極沃まであと一日となった夜道、後をつけてくる人影があることに気が付くと、その認識を改めなければと思いなおした。

 つけてくるのは二人。昼過ぎぐらいから譜申の後を歩いている。距離が詰まることはないし、開くこともない。まるで意図的にそうしているかのように一定の距離を取っていた。極沃までの道はこの道しかないのだから、同行するのは不自然ではない。だが、その二人組は二人連れにも関わらず互いに会話することなく、じっと前を行く譜申から目を離さずにいた。

 薄気味悪く思った譜申は、休憩するふりをして道端で座り込むと、その二人連れもわざとらしく休みだした。いよいよ怪しく思った譜申は、人が少なくなる夜道になると、思い切って声をかけてみた。

 「お前達、昼から私をつけているようだが、人違いではないのかな」

 譜申は立ち止まって振り返った。二人は驚いたよう体をびくりとさせて立ち止まった。まるで姿を知られたくないかのように俯きながらも、視線だけは外さなかった。

 「そうぴったりと後をつけられては気味が悪い。急ぐ旅ではないので、お先に行ってくれぬか?」

 そう言っても二人組は何も言わない。先に行くこともなかった。

 『どういう素性の連中だ?』

 野盗の類ではないだろう。呉江に与する者か、あるいは呉豊の近臣か。ともかくも譜申が極沃に近づくのを快く思っていない者達であろう。

 「私は譜申という。現在では無役だが、数年前は太子の傳役をしていた。そうと知って後をつけるのであれば、私としても考えがあるぞ」

 一人の男の眉がぴくりと動いた。やはり自分が譜申であると知ってつけてきたらしい。

 「私が極沃に入るのが面白くないのかね?」

 この間も譜申はじりじりと後ろに下がって二人組と距離を取る。同時に懐に手を入れて、万が一の時のための準備もしていた。

 「そう思われるのでしたら今からでも温にお戻りください」

 もう一人の男が言った。存外丁寧な口調だった。

 「そうもいかん。久々に妻の墓を参るのだ。どういう料簡でそれを止めるのだ?」

 「お願い申し上げる。余計な血を見たくない」

 左側にいる男が剣を抜いた。右側の男がよせ、と声をかけた。

 『殺すつもりはない。脅しているだけか……』

 男達に動揺が見て取れた。剣を抜いたものの、本気で命を取ろうとしているわけではないらしい。

 「そっちの男がいうとおりだ。よしたほうがいい。私はこのとおり寸鉄も帯びていない。そのような男を斬ったところで不名誉しかないぞ」

 「譜申殿は今の極欲を御存じではない」

 剣を抜いた男がじりじりと近づいてくる。先程制止しようとした男は成り行きを見守っていた。

 「剣先がぶれておるぞ。本気で私を斬るのなら、もっと心を落ち着かせるんだな」

 譜申は懐から手を出した。手に握っていた粉末を剣を手にした男の顔に投げつけた。剣を帯びていない譜申は懐に香辛料を忍ばせており、暴漢に襲われた時はこれをもって撃退することにしていた。

 「ぎゃああ!」

 香辛料が男の顔に当たった。男は剣を落として膝をついた。香辛料が目に入ったようだ。

 「後でしっかりと顔を洗え」

 譜申は言葉を投げ捨てて走り出した。もう一人の男が追ってくることはなかった。譜申は近くの宿場町まで走り続けた。以後、その二人組を見かけることなく、無事に極沃に辿り着いた。

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